半導体に沸く熊本、高賃金の黒船襲来 産業創出という打ち出の小槌 給料を上げるには㊤

2024/03/09

JASM第1工場はキャベツ畑などに囲まれ、開所式当日も外国人技能実習生とみられる作業員が収穫していた=2月24日、熊本県菊陽町(千田恒弥撮影)

JASM第1工場はキャベツ畑などに囲まれ、開所式当日も外国人技能実習生とみられる作業員が収穫していた=2月24日、熊本県菊陽町(千田恒弥撮影)© 産経新聞

JR豊肥線の原水駅(熊本県菊陽町)は、ひなびた無人駅だ。ここから2キロほど離れた丘陵地に半導体受託生産の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の第1工場ができた。周囲には田んぼとキャベツやニンジンの畑が広がっている。

「この前乗せた高専の先生は、『生徒1人に十数件の求人が来ている』と喜んでいた。われわれの業界でも月に100万円以上も稼ぐ仲間がおり、半導体さまさまだ」

タクシーの運転手は好況に沸く地元の様子に目を細める。菊陽町ではTSMCに隣接するソニーセミコンダクタソリューションズグループや、東京エレクトロンの工場も設備投資を進める。

半導体は経済の必需品だが、人工知能(AI)などに必要な先端品の製造はTSMCや韓国サムスン電子に集中し、台湾危機など東アジアの有事で供給途絶のリスクがある。安定供給は経済安全保障の最優先課題だ。政府は1兆2千億円という巨額の補助金を出す代わりに原材料の現地調達比率を高めるようTSMCに求めており、需要を期待した関連工場の立地や増設が相次ぐ。

九州は原発再稼働で先行

九州は東日本大震災後の原発再稼働を積極的に進め、現在4基が稼働する。熊本商工会議所会頭の久我彰登(鶴屋百貨店会長)は「電力は非常に大事。(安価で)安定した供給が進出企業にとって必要条件になっている」と指摘し、九州のエネルギー安全保障が半導体産業の集積に大きな優位性を発揮していると認める。TSMCの誘致は熊本のみならず九州全域を活気づけている。

ただ、TSMCの月給は大卒で28万円、博士課程修了は36万円で全国平均より5万円以上も高い。高い給料を提示しなければ優秀な人材は獲得できず、熊本県全域で既に労働者の奪い合いが始まっている。

半導体製造装置を作る「くまさんメディクス」(熊本市)は、大卒初任給を令和5年に1万3千円、6年に2千円増やし20万円に引き上げた。とはいえ九州では地方銀行を中心に20万円台後半の初任給を打ち出す企業が続き、社長の白瀬嗣久は「もう一回上げないとだめだな」と頭を抱える。

同社は円安で海外向け取引が好調な販売先の協力もあり原材料価格や労務費の価格転嫁ができ、足元で賃上げの原資は確保できた。だが、周囲には、賃上げできず人手不足で苦しい状況に追い込まれた零細企業もある。

TSMCが今年12月に出荷開始するのを前に、今後は生産ラインで働く派遣社員の不足も懸念される。表向きの歓迎ムードとは裏腹に、高賃金の〝黒船〟襲来で地元企業の悩みも深まっている。

岩盤規制に風穴

TSMCの誘致で地域活性化のきっかけをつかんだ熊本の成功は、日本が直面する安全保障の課題に向き合い、変化を恐れない姿勢が経済を成長させ賃金上昇をもたらす証左だ。同じように人手不足の課題解決を新たな成長に結びつけるため、岩盤規制に風穴を開けて産業構造に変化を起こそうとしているのが、一般ドライバーが有償で客を輸送する「ライドシェア」だ。政府は昨年12月の規制改革で、今年4月からの一部解禁を決定した。

 

半導体に沸く熊本、高賃金の黒船襲来 産業創出という打ち出の小槌 給料を上げるには㊤

半導体に沸く熊本、高賃金の黒船襲来 産業創出という打ち出の小槌 給料を上げるには㊤© 産経新聞

埼玉県内に住む20代の会社員男性はライドシェアに興味を持ち、都内のタクシー会社へ問い合わせた。勤務先企業は副業が可能で、空いた時間に副収入を得たいと考えている。「もともと運転は好きだし、勤めている会社の業績が悪くなって給料が上がらない。稼げそうなら本業にしてもいいかもしれない」と前向きだ。

交通の足の確保が難しい地域では、自治体が運行主体となる「自治体版ライドシェア」を導入。全国に先駆けて2月から実証実験を開始した石川県加賀市がドライバーを募集したところ、50人を超える応募があった。

加賀市のライドシェア事業を支援するウーバージャパン(東京)の担当者は「移動手段の増加による波及的な経済効果は大きい」と指摘。タクシー業界の運転手不足が顕在化した夜間や郊外の需要を取り込む社会的メリットが大きいからだ。有名観光地から外れた地域の店舗や観光地にも消費の足が延び、終電や飲酒運転の心配が不要になることで消費が拡大することが期待されるという。

関連するビデオ: “半導体バブル”に沸く町 TSMC熊本工場が開所式 早くも経済効果 (テレ朝news)

“半導体バブル”に沸く町 TSMC熊本工場が開所式 早くも経済効果

日本の賃金、先進国で最低グループ

令和6年春闘の賃上げ率は民間エコノミストの予測平均値で3・85%となり、実現すれば30年ぶりの上昇率だった昨年(3・60%)を上回る。

バブル崩壊後、30年以上も低迷を続けたことで先進国でも最低グループに入った日本の賃金。それがようやく動きだしたのは、世界的な経済構造の転換が影響している。

米中対立やウクライナ危機による世界経済の分断でグローバル化の流れが反転し、経済効率より安全保障が優先される時代がきた。貿易障壁の高まりでエネルギーや原材料の取引コストが上昇。新型コロナウイルス禍で起きた高齢者の退職による人手不足も重なり、人件費が上昇した。コストプッシュという〝外圧〟が一時的に物価を引き上げ賃上げを促した形だ。

だが、いわば強制された賃上げは物価上昇の勢いに届かず、懐の寂しさが消費を冷やしている。これをいかに内需の拡大が供給を上回る安定した物価上昇と賃上げに持っていくかが課題になる。

経済の好循環へ、賃上げの継続必要

「日本経済の黄金期」と呼ばれた昭和60年頃、物価上昇率は日本銀行が現在目標で掲げる2%前後で安定し、賃上げ率は5%程度だった。当時の水準に近づけるには来年以降も賃上げ率を伸ばし続ける必要がある。

第一生命経済研究所シニアエグゼクティブエコノミストの新家義貴は、企業は商品やサービスの質を向上させるなどして賃上げを継続できるだけの収益を確保することが必要だと分析。「消費を拡大させ経済の好循環を実現するには、賃上げが来年以降も続くと消費者が思える状況にすることが必要だ」と指摘する。=敬称略

賃金と物価がそろって上昇する経済の好循環は実現するのか。春闘の集中回答日(13日)を前に給料の実態を探る。

 

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TSMC日本誘致の6つの闇 | かわいそうジャパン(note)
http://www.asyura2.com/24/cult49/msg/421.html 2024 年 2 月 26 日