「ストロング痛飲と市販薬乱用」にみる根深い問題 「ストロングはドラッグ」と警鐘した医師に聞く2024.3.3

ストロング系酎ハイと市販薬。いずれも身近な商品だ(記者撮影)

ストロング系酎ハイと市販薬。いずれも身近な商品だ(記者撮影)© 東洋経済オンライン

新宿・歌舞伎町「新宿東宝ビル」近くの通称「トー横」では、少し前まで異様な光景がみられた。平日深夜にもかかわらず、道に座り込んで談笑する10代とおぼしき若者たち。手にはストローの刺さったストロング系酎ハイの缶。そばには市販の咳止め薬の空箱が転がっていた――。

ストロング系の持つ「危険性」に警鐘を鳴らしてきた医師がいる。国立精神・神経医療研究センターの薬物依存研究部長を務める松本俊彦氏だ。一部の若者たちが行っているストロング系の痛飲と市販薬の過剰摂取。松本氏に取材するとさまざまな問題がみえてきた。

──精神科の臨床からストロング系酎ハイの何を懸念してきたのかでしょうか。改めて教えてください。

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薬物依存の患者を日ごろ診ている立場からいうと、ストロング系がお酒ではなく、ドラッグと化していることを気にしてきた。以前も指摘したように「意識を飛ばす薬物」としてだ。

(詳細は2020年12月5日配信の「精神医療の現場で感じるストロング系のヤバさ」に)

市販薬のオーバードーズ(過剰摂取)がとくに若い人たちの間で増えた。気分をハイにするといった目的で市販の咳止め薬などを胃に流し込む。その際にストロング系が使われる。摂食障害に悩む女性が、ドカ食いしたいとの衝動に駆られたときに、ストロング系で意識を飛ばすケースも多い。

現在のオーバードーズ問題に至る歴史

──そういう人たちの中では、いろいろあるお酒の中でもストロング系が選ばれている、と。

あくまでも私の視点になるが、市販薬のオーバードーズやリストカット、摂食障害に悩む若い女性が飲むお酒は、ストロング系の割合が高い印象だ。一般の人がストロング系を手にする頻度は減ったかもしれないが、そこは変わっていない。

彼女らの中には「お酒は好きではないけれど、飲みやすい味のストロング系であれば」という子が多い。またストロング系のベースはウォッカなどの蒸留酒。ビールなど醸造酒より太りにくいとされるので、それも好まれているのだろう。値段の安さも選ばれる理由となっている。

アルコール度数の低い商品は税率を低くする反面、度数の高い商品は税率を高くするなど、北欧のように国民の健康を守る政策を国は採るべきだ。だが日本では、発泡酒が売れたらその税率を高くしましょうと動く。税収ありきにみえる。

発想の転換が必要なのは、ほかの薬物政策においても同じ。過去には危険ドラッグのようなモンスターを生み出した。そして現在は、市販薬のオーバードーズ問題で打開策を見いだせずにいる。

──どういうことでしょうか。

それを説明するには薬物乱用の変遷をざっと振り返る必要がある。

昭和30年代の後半、ハイミナールという市販睡眠薬の若者による乱用が問題となった。これは国の規制ののちに販売中止となった。その後、昭和40年代から流行ったのがシンナーだった。

新宿駅(東京)周辺に集まった若者集団のフーテン族が、「ラリる」ためにハイミナールの次に使ったのもシンナー。私の中学生時代を振り返っても、同級生の半分くらいはシンナーを1回はやったことがあるという感じだった。

いたちごっこの末に「危険ドラッグ」

販売行為の規制などでシンナーの乱用が減ってきて、次に来たのが、ヘロインやコカインの仲間のような成分が入っていた市販薬の一気飲み、そして覚せい剤をあぶって使うブームだった。1980年代後半や1990年代のことだ。

2000年以降になると、大学生が大麻所持や売買で逮捕される事件が続いたことで取り締まりが強化された。そうすると大麻に似たものとして脱法ハーブが出てきた。さらに危険ドラッグが登場した。規制や取り締まりとのいたちごっこを繰り返すうちに、中身がどんどんやばくなった。

国立精神・神経医療研究センターで薬物依存研究部長を務める松本俊彦氏(オンライン取材時のキャプチャ画像)

国立精神・神経医療研究センターで薬物依存研究部長を務める松本俊彦氏(オンライン取材時のキャプチャ画像)© 東洋経済オンライン

危険ドラッグの規制を強化する改正薬事法(現・医薬品医療機器等法)で、販売規制などを行い、店舗経営が成り立たないようにして販売店舗を一掃した。それが鎮まったと思ったら、今度は市販薬のオーバードーズ問題が来た。

──入れ代わり立ち代わり、新たな薬物が問題になるんですね。

オーバードーズされる市販薬にも、危険ドラッグと同じように規制がかかりはじめた。

乱用依存のおそれがある成分を含有する市販薬に関しては今、1人1箱までなどと店頭で販売個数制限をしている。だが、販売個数制限をすると依存者は、規制がノーマークの別の市販薬へ移るだけだろう。

今から100年ほど前、アメリカでは禁酒法の時代にヤミ酒が横行した。質の悪い蒸留酒を飲んで失明する人が続出した。これは規制の功罪。すべての医薬品や嗜好品に共通する話だと思っている。

──いたちごっこから抜け出すには?

「薬に依存せざるを得ない人たちをどう支援していくか」という観点を、薬物政策に入れることだろう。今はそこが抜けている。

オーバードーズしている子たちは、親による虐待、学校でのいじめ、性被害など過去のつらい記憶を忘れたい、落ちこんだ気持ちを紛らわせたいというときに薬に手を伸ばしている。ストロング系で酩酊している子たちも同じだ。

薬物政策に欠ける「人」の議論

日本の薬物政策の特徴は、もっぱら薬というモノに対する規制や制限に注力している点だ。市販薬のオーバードーズ問題をめぐる足元の議論も、製薬会社の人や薬学の研究者など薬に関わる人たちで行われている。

私の元には、肝臓を壊して黄疸が出るまでオーバードーズを連日続けたような子も来る。しかし、そのような薬に手を出さざるを得ない子たちの支援をどうするのかという「人」についての議論がなかなか上がってこない。

 

薬の過剰摂取での救急搬送者数

薬の過剰摂取での救急搬送者数© 東洋経済オンライン

ストロング系も市販薬も、自殺願望のある若者が使うようになっている。その人たちをどう支援するのかを議論しないと、いつまでもいたちごっこ。この状況にそろそろ終止符を打たないといけない。

──社会的責任として企業が行えることはないのでしょうか。

企業は本能的に利益を追求する集団。許認可する国が手綱を握ることが必要では。ハイミナールのときは国が医薬品販売業者に対する取り締まりを強化した後、販売停止に至った。

セルフメディケーション推進のために市販化された薬には、注意すべき成分が入っていることがある。多くの人は、市販薬を「処方薬より効き目が弱いけれど副作用も少ない」と思っているはず。でも医者からすると、そうではない薬が少なくない。

また、こうした薬は乱立するドラッグストアやネット販売でいつでも手に入るようになった。市販薬に誘導する政策は本当に国民の健康を守っているのかという、根本的な疑問に突き当たってしまう。国民の健康に資するかどうか、慎重に検討する必要がある。

ストロング系は飲酒文化を壊した

──他方でストロング系は先生のような警鐘が届いたのか、アサヒビールのように新規販売をやめる流れが強まっています。

実は啓発の難しさを考えさせられた。ストロング系の危険性を警鐘すると、その危険性に関心を持つ層も一定数いる。自傷行為の一環としてあえて手を伸ばす人たちだ。本当に難しい。

食品スーパーで特設コーナーができるほど人気商品だったストロング系(2021年に記者撮影)

食品スーパーで特設コーナーができるほど人気商品だったストロング系(2021年に記者撮影)© 東洋経済オンライン

酒類メーカーの方たちには、度数も大事だけれど、お酒を介してどのような「文化」を売るのかを改めて考えてほしい。ストロング系は飲酒文化を一部壊したという気がしている。おいしい食事とお酒を楽しむというのではなく、ドラッグとして飲むという形にしてしまった。

私はお酒を絶対悪としてはとらえていないし、生活を豊かにするところもたくさんあると思っている。そういうお酒の売り方をぜひお願いしたい。

 

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