能登半島地震、避難生活の「トイレ問題」が健康に直結 災害関連死を防ぐための3要素

2024/01/16

能登半島地震、避難生活の「トイレ問題」が健康に直結 災害関連死を防ぐための3要素

能登半島地震、避難生活の「トイレ問題」が健康に直結 災害関連死を防ぐための3要素© AERA dot. 提供

 巨大地震が襲った能登半島。避難生活が長引くことで懸念されるのが災害関連死だ。どうすれば防ぐことができるのか。AERA 2024年1月22日号より。

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 軒先でたき火を囲む人。農業用ハウスの中で過ごす家族。避難所では毛布をかぶってじっと支援物資を待つ人も。多くの家屋が倒壊した能登半島地震。避難生活が長引くにつれ懸念されるのが、災害関連死の増加だ。

「関連死を出さないためには、死亡原因に至るプロセスをいかに早い段階で止めるかにかかっています。医療の助けが必要になる手前の段階であらゆる手立てを講じ、被災者の生活環境を改善する必要があります」

 こう強調するのは総合防災・減災が専門の関西大学社会安全学部の奥村与志弘教授だ。

 奥村教授は1995年の阪神・淡路大震災以降の主な災害における最大避難者数と関連死の発生率(避難者1万人あたりの災害関連死者数)の関係に着目。関連死の発生率は最大避難者数の増加に伴い、右肩上がりの曲線を描いて増えることを明らかにした。このデータ分析によって阪神・淡路大震災以降、関連死の発生率を下げる有効な対策が実施できていない現実も浮き彫りになった。奥村教授は言う。

「能登半島地震は周辺地域も含めて最大5万人規模の避難者が発生したと推定されます。その場合、従来通りの措置や対策にとどまれば、20~30人が関連死で亡くなることが予想されます。ただし、東日本大震災時の被災地のような深刻さが続くと、100人以上の犠牲が出てしまう可能性もあります。そうした事態は何としても回避しなければなりません」

■在宅避難者の問題も

 関連死はどこで多発するのか。これも過去の災害が参考になる。関連死が震災犠牲者全体の8割を超えた2016年の熊本地震。避難所での関連死は5%だったのに対し、病院・介護施設が46%、自宅が40%だった。東日本大震災でも避難所での関連死は12%に対し、病院・介護施設が41%、自宅が24%。多くの被災者が身を寄せ合う避難所に目が向きがちだが、関連死対策を考える場合は病院や介護施設、自宅にいる高齢者の存在にも留意する必要がある、と奥村教授は言う。

 

能登半島地震、避難生活の「トイレ問題」が健康に直結 災害関連死を防ぐための3要素

能登半島地震、避難生活の「トイレ問題」が健康に直結 災害関連死を防ぐための3要素© AERA dot. 提供

「東日本大震災でも熊本地震でも、避難所で生活している人よりも体の弱い人が自宅や高齢者施設に多くいらっしゃいました。災害時にライフラインが停止して普段通りの生活が送れない時に最も健康の影響を受けやすい人たちです」

 見過ごしがちなのが自宅にとどまっている被災者だ。在宅避難者は家族以外の目が届かないため、心身の不調を早期に発見して適切な処置を行うことが難しくなる。奥村教授は言う。

「まさに今、声を上げられずにひっそりと自宅避難を続けている高齢者のケアが急がれます」

 医師らでつくる避難所・避難生活学会が関連死を防ぐため特に大事と唱えているのが、トイレ、キッチン、ベッドの3要素だ。同学会代表理事で石巻赤十字病院の植田信策副院長は能登半島地震の被災地に入り、トイレ不足や雑魚寝状態の避難所を目の当たりにした。

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【能登半島地震】進まない2次避難……3万人可能も「1000人」のみ 専門家「移動をためらわないで」 高齢者のリスク軽減対策は?

 災害や紛争での人道支援のため国際赤十字などが策定した「スフィア基準」という指標がある。居住空間は1人最低3.5平方メートル▽トイレは20人に1基──などだ。しかし、珠洲市では当初、300人規模の避難所に仮設トイレが1基だけ。グラウンドに穴を掘り、テントで囲んで臨時トイレにする避難所もあったという。植田さんは「仮設トイレには照明がないので夜は真っ暗。しかも屋外に設置されるので非常に寒い。照明付きで水洗のコンテナ型トイレの供給がもっと必要」と訴える。

 トイレ問題は健康に直結する。トイレが不衛生だと使用を控えたいと考え、水分の補給や食事の量を減らす人もいる。そうなると、脱水症状で足に血栓ができやすくなり、エコノミークラス症候群で命を落とす危険性が高まる。全身の筋肉が衰えると飲み込む力も弱り、誤えん性肺炎のリスクも高まる。

 一方、キッチンについては「とても良かった」(植田さん)という。住民どうしのつながりが強い能登地方の土地柄を反映し、食材を持ち寄って自炊し、温かい料理を分け合う姿があちこちで見られたという。

■プライバシーは人権

 とはいえ、床の上での雑魚寝や仕切りのない大部屋での集団生活はストレスが大きく、健康悪化につながる。石川県は段ボール製品の調達のため民間業者と災害応援協定を結んでいるが、被災地までの運送手段を確保できないなどの理由で避難所に十分搬入できていないという。

 

能登半島地震、避難生活の「トイレ問題」が健康に直結 災害関連死を防ぐための3要素

能登半島地震、避難生活の「トイレ問題」が健康に直結 災害関連死を防ぐための3要素© AERA dot. 提供

「日本ではいまだに、避難所の環境対策が不十分だということを痛感させられました」

 こう嘆くのは建築家の坂 茂さんだ。災害多発国なのに他国より劣る日本の避難所の環境改善を図ろうと、坂さんは被災者家族ごとのプライバシーを守る間仕切りや簡易に組み立てられる段ボールベッドを考案。2004年の新潟県中越地震以降、避難所に届けてきた。国は東日本大震災後、ガイドラインを作って市町村に避難所生活の質の向上を促したものの間仕切りなどが行き届いていないことは今回の震災でも浮き彫りになった。

「プライバシーは最低限守られるべき人権です。間仕切りがないため東日本大震災までは、特に女性が車中泊を続け、エコノミークラス症候群で亡くなられています。新型コロナ蔓延後、間仕切りは飛沫感染防止にも役立っています」(坂さん)

 坂さんは、より質の高い施設がトレーニングされたスタッフによって設営・運営されなければならず、そのためには国のさらに踏み込んだ対応が不可欠だと指摘する。

「公的避難所の設営・運営の知識が十分でなく、いつも場当たり的に作られているせいで、今回のように十分な避難所を確保できず、農業用ハウスに自主避難する状況まで生んでしまいました」

 能登半島地震の避難所にも間仕切りや段ボールベッドを配送、設営した坂さん。被災者は避難所で数カ月過ごした後、復興アパートに移されるというイタリアとの違いに言及しこう訴えた。

「今回の震災でも避難所での生活を最短にしてホテルや旅館に移っていただき、その後は仮設住宅ではなく、恒久的な復興住宅を建設し、そこで安心して暮らしてもらうシステムを構築することが急務です」

(編集部・渡辺豪)

AERA 2024年1月22日号

 

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