安倍元首相はキックバック問題に“激怒”したのか… 新聞読み比べで見えてきた「報道のニュアンスの差」とは 2023/12/26

 自民党のパーティー券問題では大活躍している「ジャーナリスト」が複数いる。

 たとえばキックバックという言葉を私が最初に知ったのは新聞や週刊誌ではない。田崎史郎氏(政治ジャーナリスト)がテレビで喋っていたからだ。

田崎氏の最近の面白さ

 NHKが11月18日に『自民5派閥の団体 約4000万収入不記載で告発 特捜部が任意聴取』と報じたあと、11月23日のBSフジ「プライムニュース」で田崎史郎氏が早々に安倍派の「キックバック」の慣習について解説していたのだ。そんなからくりがあったのかと驚いていたら1週間後の週刊文春(11月30日発売号)に安倍派の秘書の証言が載った。

「ノルマ以上に売れる議員は限られていますが、ノルマを超えた分については一定の割合で還付される慣行があります。いわゆる“キックバック”です」

 収支報告書上の記載はしておらず、事実上の裏金になっているというのである。文春報道の日、自民党安倍派(清和会)の塩谷立座長はキックバックについて報道陣に問われて「そういう話はあったと思う」と語った。さらにそのあと慌てて「撤回」したから“パーティー”は余計に盛り上がり始めたのである。

©時事通信社

©時事通信社© 文春オンライン

 ここで強調しておきたいのは田崎史郎氏の最近の面白さである。田崎氏は自民党の権力者たちとの近さを武器にしているからこれまでは権力者の「広報」的な役割にも見えた。しかし今回の裏金問題では田崎氏は知っていることを話すだけで「論評」になってしまうのである。なんとも皮肉な構図ではないか。

ほかにも功績があった

 田崎氏の功績はまだある。最近、安倍派の議員がよく使う言葉に「政策活動費」がある。これも気になる言葉だ。キックバックされた資金についてたとえば池田佳隆議員の事務所は、

「党からの政策活動費と認識して記載していなかった」

 などとコメントしている。

 政策活動費は、政党の収支報告書には議員名や金額を記載しなければならないが、議員側には記載義務はない。なので不記載は悪意がなくうっかりミスだったという主張なのだろう。

 しかし田崎史郎氏はこの言い分について「安倍派は政策活動費だったと最近言い始めているが、口裏合わせというか、これでいこうという防衛ラインを決めたのではないか」と各所で喋っているのである。安倍派の算段をぶち壊す田崎史郎!

「知る人ぞ知る話だった」

 しかし一方で「ジャーナリスト」と名乗っているのだから、知っていたなら最初から教えてよという思いもある。実際、田崎氏は四国新聞のコラムでこっそり次のように書いていた(12月17日)。

《今回の政治資金パーティーを巡る疑惑がいずれ噴き出すことは知る人ぞ知る話だった。》

《昨年11月、「しんぶん赤旗」日曜版が報じて以来、自民党本部事務方トップは警戒感を抱き、岸田に早期解散を進言していた。》

 なるほど、つい最近まで年内解散説が出ていたのはそういう理由もあったのか。解散してしまえばうやむやになるという作戦だったなら本当に姑息だ。それにしても田崎さん、こんな大事な問題を「知る人ぞ知る話だった」だなんて早く報じて下さいよ。

 田崎氏のほかに目を引く活躍をしているのは岩田明子氏だ。元NHK記者で安倍元首相に最も食い込んだという触れ込みの方だ。

岩田氏の「スクープ」は?

 岩田氏の「スクープ」が放たれたのは12月13日付の夕刊フジだった。

 安倍派の裏金の慣習について『安倍氏は激怒した』という岩田明子氏のリポートが載ったのである。

《ジャーナリストの岩田明子氏が緊急取材したところ、安倍晋三元首相が初めて派閥領袖に就任した2021年11月より前から同派の悪習は続いており、それを知った安倍氏は激怒し、対応を指示していたという。》

 安倍派は悪いが安倍さんだけは怒っていた、という岩田氏の火の玉「スクープ」である。

 すると先週土曜の朝日新聞にこんな記事が出た。

『裏金還流、安倍派幹部把握か 22年、廃止決定後に撤回』(12月23日)

関連するビデオ: 安倍派幹部4人から任意聴取 “キックバック中止”撤回の経緯確認か 東京地検特捜部 (日テレNEWS NNN)

安倍派幹部4人から任意聴取 “キックバック中止”撤回の経緯確認か 東京地検特捜部

さすがだと思う一方で…

 ここで注目するのは次のくだり。

《安倍晋三元首相が首相辞任後の21年11月に派閥に復帰し、新会長に就任。安倍氏は22年の派閥パーティーを5月に控えた同年4月、還流の取りやめを提案した。》

 安倍氏亡きあと、最終的にこの方針は撤回され、従来通りの裏金としての還流が22年9月にかけて実施されたという。

 これを読むと岩田リポートは合っていたようにも思える。さすがである。

 一方で、岩田リポートと朝日新聞を読み比べると素朴な疑問が浮かぶ。岩田リポでは安倍氏がキックバックの慣習に「激怒した」というが、安倍氏は本当にそれまで何も知らなかったのだろうか? 清和会では森喜朗会長時代からキックバックの慣習は始まっていたという報道が既にあるからだ。安倍氏は、もうヤバいからやめようという「提案」だった可能性はないのか? 

 事実、朝日新聞は提案と書いている。そうではなく岩田リポの通り安倍氏は初めて気づいて「激怒」したのか。提案か、激怒か、このニュアンスの差は大きい。書き手の表現次第で変わってくる可能性がある。とても興味がある。

安倍氏自身の政治とカネ問題

 そもそも安倍氏自身の政治とカネ問題はどうだったのだろう? このお題も岩田氏に取材してほしい。桜を見る会では「前科」があるからだ(前夜祭の約3000万円の費用を政治資金報告書に不記載、公設第一秘書が略式起訴)。とにかくいろいろ気になることがある。これはもう岩田氏の第2、第3の「スクープ」に期待したいのである。

 さて最後に「安倍派とパーティー」について、アエラ12月25日号で政治ジャーナリストの星浩氏が指摘していたのが印象的だった。この10年、安倍氏が中心に進めた政治について。

《アベノミクスによる金融緩和で大企業の業績を回復させた。大企業が多額のパーティー券を購入してきたのは、その「返礼」とも見える。また、安倍氏は集団的自衛権の容認を柱とする安全保障法制を、野党や憲法学者が反対する中で、強引に成立させた。それらの実行部隊となったのが最大派閥の安倍派だった。》

 安倍派勢力の拡大と維持のために派閥パーティーの裏金が使われていたことは「明らかだ」と。なるほど、そうなると安倍派と裏金問題はこの10年の日本を動かしてきた政策がどこを向いていたのかとか、それを実現する手法の話にも帰結してくる。詳しい検証が必要なのではないだろうか? 田崎さん、岩田さん、頼りにしてます。

(プチ鹿島)

 

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