認知症患者を食い物にする「ハイエナ」金融機関 動かない金融庁、防御策は後見人〈週刊朝日〉

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dot. 1110()713分配信

  認知症患者を食い物にする「ハイエナ」金融機関 動かない金融庁、防御策は後見人〈週刊朝日〉

マイナンバーに夢中だが、認知症高齢者保護には関心がない安倍政権 (c)朝日新聞社

 理解力や判断力が低下した認知症高齢者は2015年で525万人、25年には730万人になると推計される。高齢者の単身世帯は25%(13年度)。一人暮らしの認知症高齢者は、単純計算で約130万人に上るとみられる。

  だが、「認知症高齢者」への金融商品販売を制限する法律はない。認知症の度合いが見極めにくいことや高齢者の自己決定権を尊重する意見もあるためだ。金融機関にとっては、後見人がついている人(契約をあとから取り消せる)以外は、健常者と変わらずに金融商品を売ることができる(自主規制ルールや監督指針はある)。

  こうして商品を買わされる高齢者は、身寄りのいない一人暮らしが多いとみられるが、なかには家族が同居していても被害に遭う人がいる。

 「保険を買えば、相続税を減らす効果があります」

  大阪府吹田市に住む認知症を患っていた70代の女性は、自宅にやってきた保険代理店の営業マンからそう勧誘され、12年暮れから13年までのわずか1年間に計13本もの保険商品を次々と購入させられた。投じた保険料はなんと約2千万円。自宅の改築費用として貯蓄していたお金はあっという間に消えた。

 「相続対策」は、うそだった。実際には、保険をかけると手持ちの資金が減るのでその分、相続税を取られる可能性のある財産が減るというだけのことだったという。買った保険商品は、貯蓄型個人年金保険が2本、終身保険が5本、医療保険などが6本。いずれも生保大手2社の商品で、医療保険はすでに別の保険に入っている娘や孫の分までかけていた。商品を売った保険代理店の男性は以前、女性の自宅近くの郵便局で職員をしていたため、女性も家族も顔なじみで気を許してしまったという。

 「家の改築をしたいので、お金をすぐ引き出したいということだけ男性に伝えていた。預金です」(女性)

  保険代理店の男性は家族の留守中に来ていたため、女性の家族も異常な保険契約に気づかなかったという。

 「私ら家族がそばにいるのに、こんなにたくさんの保険に入っていたなんてびっくりした」と80代の夫は言う。契約を知ったのは保険契約の翌年に妻名義の保険の控除証明書が家に届いたからだ。夫はすぐに代理店の男性に連絡を取って事情を聞いた。

 「男性と話をしたら、彼は『すぐに払い戻せますから』と説明した。しかし、弁護士に相談したら、払い戻すにはさらに多額の費用がかかるとわかった」

  家族の依頼を受けた弁護士がこの男性を問い詰めると「反省しています」と話した。商品を作った2社の大手保険会社も非を認め、かけた保険料は全額戻ってきたという。

 「不招請勧誘」という言葉がある。商品を買う意思のない顧客に電話や訪問で商品を売ろうとする行為のことだ。これは金商法でも禁じられているが、対象は店頭販売の一部商品に限られ、証券取引所で扱う多くの商品は対象外となっている。

  07年に金商法が施行され、元本割れの可能性など重要事項の説明義務が金融機関に課された。その後も金融庁の監督指針は強化されている。だが、金融商品を巡るトラブルは高齢化の進展とともに相次ぎ、あとをたたない。

  頻発するトラブルを受けて13年、大手証券会社や銀行などを協会員とする日本証券業協会は、高齢者への金融商品販売について[1]国債など安全性が高く勧誘が許される商品とハイリスク商品など<注意が必要な商品>に分ける[2]注意が必要な商品には上司の事前承認がいる――などのガイドラインを定めた。ただ、ルールの詳細は各社が決めることになっており、認知症高齢者に特化した項目があるわけではない。

  そもそも認知症高齢者の場合、取引そのものの記憶を失っているケースが多く、自身で苦情を申し立てることすら困難だ。政府や国民生活センターの統計にカウントされていない事例は多数に上るとみられる。

  親など身近な人が被害に遭ったと気づいたら、一刻も早く家庭裁判所に申請し、「成年後見人」をつけることだ。被害回復したい場合、弁護士に後見人を頼み、提訴してもらうこともできるが、商品購入時に認知症などで判断力がなかったことを証明する必要がある。トラブルを未然に防止するには、認知症の症状が出たら、すぐにでも後見人をつけることをお勧めする。

  消費者庁は来年度予算で、高齢者の消費者トラブル対策などにあてる地方自治体への交付金を、昨年度比で20億円増額して概算要求したという。どれほどの効果につながるのだろうか。

  高齢者の金融商品トラブルに詳しい辰巳裕規弁護士はこう警告する。

 「金商法は商品の説明・理解義務や適合性原則をうたっているが、所管の金融庁はよほどの問題でない限り、監督に動かない。お金を失った高齢者の経済的、精神的ショックははかりしれないが、訴訟をしても裁判所は大手金融機関の言い分を信用する傾向が強く、顧客の自己責任論に傾倒しがちだ。だが、高齢化が進展するにつれ、こうしたトラブルはますます増えるだろう。今後は高齢者保護の観点からより一層の規制強化はもちろんのこと、この問題に対する司法による救済のあり方が問われてくるのではないか」

 (朝日新聞特別報道部・松田史朗)

 ※週刊朝日 20151113日号より抜粋