母(早紀)は ぼんやりと考えていた。
来る度にご飯をふるまっても ただじっと座って手伝うこともなく
「いただきます」「ごちそうさま」「お邪魔しました」 といった当たり前の言葉も言わずに
食べて帰る陽子・・・
〈そういうタイプなのかな・・・。でも30歳にもなるし、そういう事を覚えてこなかったんだ。
ちょっとこの先不安だわ〉
そんなある日、陽子が妹の美菜を買い物に連れていくと言って迎えに来た。
少し不安ではあったが、美菜を一緒に行かせた。
なぜなら、母(早紀)は弟の嫁との関係を 円満にしたかったからだ。
祖父(潔)や祖母(静香)、ましてや叔母(孝子)のためにも・・・
親の想いも気づかず、美菜は買い物に出かけられると はしゃいで付いて行った。
しかし、買い物とは言っても何かを買ってくれる訳ではなかった。
陽子が行きたいところにただ付いて行くだけ。
そこで自分のものを買い「持って!」と美菜に持たせた。
幼い美菜はさすがに疲れてきたが、陽子が家に寄ってきたときのニコニコしている顔は一切なく、話しかけづらい空気だった。
それでも、振り絞るように 「の、のどが渇いた・・」
すると、キッと睨みつけ美菜の手を強く引っ張り 自動販売機の前まで連れていき
「もう‼ どれがいいの‼」 と声を荒げた。
美菜は「オ、オレンジジュース」と消え入るような声で答えた。
陽子はオレンジジュースのボタンを押した。
出てきたジュースの蓋を開け、そのまま グビグビと喉に流し込んだ。
その後、わずかにジュースの残った缶を 「ほら‼」と 美菜に突き付けた。
びっくりして受けっ取った缶を見ると、飲み口に陽子の真っ赤な口紅がベッタリとこびりついており、喉は渇いていたがどうしても口をつける気になれず
帰るまで缶を持ったまま歩き続けた。
家に帰りつくと、母は面倒を見てくれて有難うと感謝し、何度もお礼を言い帰りには陽子に手土産も持たせた。
その時、美菜は一言も言えず、
ただ振り回されて何も買ってもらえず、陽子の買ったものを持たされ、ジュースも飲めず
文句も言えなかったこの辛い1日の出来事を、ずっと忘れられなかったと後日 知らされた。