https://stand.fm/episodes/6a9ccb7d554f2983998c9f86


今日、http://stand.fm/のライブ配信を始めたとき。

1分間視聴者は、0人でした。笑

でも僕、ちゃんとワックスつけてたんですよ。

家で一人で喋ってるだけなのに😂

ていうかラジオなのに😂


昨日の放送でも話したんですが、最近、

「いつ誰に会ってもいいように、自分を万全の状態にしておく」

って大事だなと思っていて。

だから今日も、誰もいない画面の前でワックスをつけて待ってました。

0人でもいい。

1人、2人、3人。

これから来てくれたらいい。

そんなことを考えながらライブを始めたんですが、今日話したかったのは、

「必死になるって、恥ずかしいことなの?」

という話です。

僕は最近、改めて思うんです。

何かを変えようとして必死になっている人って、めちゃくちゃカッコよくない?

「変わりたい」だけでは、人は変わらない

最近、僕は『未来を変えた島の学校』という本を読もうとしています。

「読んでいます」じゃありません。

読もうとしています。笑

まだ全然読めてない😂

この本で扱われているのが、島根県の隠岐島前高校。

僕も実際に行ったことがあります。

奄美からだと、本当に遠かった。

飛行機を乗り継いで、さらに船。

「まだ着かんのかい!」ってくらい遠い。笑

でも、この学校は僕が関わってきた地域みらい留学を考えるうえでも、とても大切な存在です。

地域みらい留学では、子どもたちが親元を離れ、地域の高校へ進学します。

東京などで暮らしていた子が、島で3年間暮らす。

学校が変わる。

暮らす場所が変わる。

出会う人が変わる。

つまり、

環境が変わる。

僕はこれまで、地域みらい留学に関わる中で何十人もの高校生を見てきました。

そこで強く感じたことがあります。

環境を変えれば、全員が自動的に変わるわけじゃない。

でも、

人が変わるきっかけとして「環境」や「居場所」が持っている力は、とてつもなく大きい。

不登校だった中学生が、突然言った言葉

これは僕が、ひとり親家庭の支援に関わっていた頃の話です。

週に2回、子どもたちが集まれる居場所を管理いました。

一緒に遊んで。

ご飯を食べて。

宿題をして。

家に帰る。

そこに、不登校だった中学3年生の男の子がいました。

学校には行っていない。

でも、その居場所にはいつも来てくれる。

しかも、めちゃくちゃ手伝ってくれるんです。

僕は彼に、

「学校行った方がいいよ」

とは言いませんでした。

彼自身が学校に行っていないことを、僕が勝手に「問題」にしたくなかったから。

だから、ただ一緒にいました。

それから半年くらい経ったある日。

突然、その子が僕に言ったんです。

「俺、明日から学校行く。」

「えっ!?どうしたの!?」

僕の方が驚きました。

その後、彼は高校へ進学しました。

しばらくして、

「高校どう?」

と聞いたら、

「めっちゃ楽しい!」

って。

あれは嬉しかったなあ。

でも、僕が彼を変えたとは思っていません。

変わったのは、彼自身です。

僕はただ、その子が自分で動き出すまで、一緒にいられる場所をつくっただけ。

「カズキのおかげです」と言われたけど

駄菓子屋をやっていた頃にも、似た経験があります。

一緒に店を手伝ってくれていた高校生の女の子がいました。

時々、学校を休みがちになる子でした。

でも駄菓子屋で活動するうちに、少しずつ学校へ行けるようになって。

最後には、3学期を全部通うことができました。

卒業するとき、彼女が、

「3学期全部行けたのは、かずきにぃのおかげです」

と言ってくれました。

めちゃくちゃ嬉しかった。

でもね。

やっぱり違うんです。

僕のおかげじゃない。

頑張ったのは、その子だから。

僕は場所をつくったかもしれない。

一緒にいたかもしれない。

でも、最後に自分の人生を動かしたのは本人です。

だから僕は、

「人を変えてあげたい」

とはあまり思わない。

それより、

その人が自分で変わっていける場所やきっかけをつくりたい。

そう思っています。

そして、それは子どもだけじゃない

最近、僕が考えているのはここです。

大人にも「居場所」が必要なんじゃないか。

自治体で働く人。

学校で働く人。

地域おこしに関わる人。

地域のために頑張っている人。

そういう人たちって、最初はきっと、

「この地域を良くしたい」

「この学校を良くしたい」

「何か役に立ちたい」

そんな気持ちを持って入ってきたと思うんです。

でも、現実はそんなに簡単じゃない。

頑張って企画した。

SNSもやった。

イベントもやった。

それなのに、

思ったように成果が出ない。

だんだん、

「俺、何やってるんだろう」

となっていく。

これ、僕自身も経験しました。

イベントを企画したのに、予約が0人だったこともあります。

「いいことやってるはずなのに、なんで人が来ないんだろう」

めちゃくちゃ悔しかった。

そこからSNSやマーケティングを学びました。

その後、まちおこしイベントで200人を集客することもできた。

でも。

僕が一番嬉しかったのは、

「200人集めた」という数字じゃありません。

「やったな!」って笑った、あの時間

イベントが終わったあとの打ち上げ。

みんなで、

「やったな!」

「できたな!」

って笑ったんです。

大変なこともいっぱいあった。

泣きたくなることもあった。

別に、そのイベントなんてやらなくても生きていけます。

でも、

みんなで挑戦して。

失敗して。

考えて。

また動いて。

最後に、

「自分たちで、できた!」

と言えた。

あの瞬間の喜びって、すごいんですよ。

だから最近、僕は地域づくりについて、

「で、地域に何が残った?」

って考えるようになりました。

イベントを開催した。

SNSを更新した。

事業を実施した。

それだけで終わるんじゃなくて。

そこで人が成長したのか。

次の挑戦が生まれたのか。

「次は自分たちでやってみよう」と思える人が増えたのか。

僕は、そっちを成果にしたい。

必死って、恥ずかしいですか?

大人になると、必死になることをちょっと恥ずかしく感じることがあります。

失敗したらカッコ悪い。

本気になってダメだったら恥ずかしい。

だったら最初から、

「まあ、こんなもんでしょ」

って顔をしていた方が傷つかない。

でも僕は思うんです。

何かを変えようとして必死になってる姿って、美しくないですか?

挑戦する。

失敗する。

悔しがる。

またやってみる。

できなかったことが、少しできるようになる。

昨日まで会えなかった人に会える。

知らなかった世界を知る。

そして、

「できた!」

って笑う。

人間って、そういうときに生きてる実感を得るんじゃないかな。

子どもに「挑戦しろ」と言うなら

僕は、子どもたちにも挑戦してほしいと思っています。

でも、

大人が何も挑戦していないのに、子どもにだけ「挑戦しろ」って言うのは違う。

だから僕自身も挑戦します。

37歳で役場を辞めました。

今、ゼロから事業をつくっています。

講座もつくっています。

http://stand.fm/もやっています。

Instagramでも発信しています。

これから講演家にもなります。

まだ講演会の予定はありません。

これからなります。笑

失敗するかもしれない。

というか、たぶんいっぱい失敗します。

でも、それでいい。

僕自身が必死に挑戦して、

「こんな普通のおっちゃんでも、動いたらこんなところまで来れたよ」

って見せられたら。

それを見た誰かが、

「じゃあ俺もちょっとやってみようかな」

って思ってくれるかもしれない。

それが僕は嬉しい。

だから今日も、動きます。

あなたも何か一つ。

本当に小さなことでいい。

本を1ページ読むでもいい。

会いたかった人に連絡するでもいい。

発信を一つしてみるでもいい。

必死でいいじゃん。

カッコ悪くてもいいじゃん。

その先でいつか、

「自分たちで、できた!」

って一緒に笑えたら最高です。

人生も地域も、まずちょっと動いてみよう🌟

——講演家にこれからなる、かずきにぃでした。