小さい時から自分の作品を見ていた息子が、

息子の為に作り続けた作品をしっかり見ていてくれた。

それがゲド戦記の

ナウシカを彷彿させる荒れ果てた世界、
ハイジを思い出させる日常描写に現れていた。



宮崎駿はそれが嬉しかったのではないだろうか。

だけど監督として未熟な部分も感じたかもしれない。

だから『激怒して飛び出した』と

言われてしまったのかもしれない。



それでも僕は宮崎駿は嬉しかったのだと思う。

それは「僕は自分の子供を見ているようでしたよ」

という言葉に現れていたと勝手に解釈する。


また

「やらなくても良かった仕事だと思うけど

 息子にとっては絶対必要だったんでしょうね」

と語った。

それは息子・吾郎がどういう気持ちで

取り組んでいたかを汲み取ったからでる言

だったと思う。





映画を通して会話をする親子

不器用で言葉ではうまく話せないふたりに

職人を感じた。







今回のコクリコ坂でも宮崎駿は息子を否定する。

「あいつには、分んないんだと思う。

本当は演出をやめた方が良いんです。

吾朗には向いていない」と。



息子・吾郎は父を避け、絵コンテも見せないようにする。

「絵コンテは父には見せない。

 父が見れば何か言いたくなるでしょう。

 それによって自分がぐらつく」




息子は父の影響の大きさわかっていた。

だからこそ父は自分の制作には関わらせたくない。

一見、逃げてるようにも見えたが、

『自分で作って父を認めさせたい』

そんな気持ちが息子・吾郎にはあったのだろうと思う。