ある時、宮崎駿は3枚の絵を外せという。

主人公・海の表情に納得がいかなかったからだ。



当時、『海は父を失いその悲しみを背負った女の子』

という設定をもとに

息子・吾郎なりに考えた海の表情が描かれていた。



だがその顔には納得のいかなかった宮崎駿。

「もっとハツラツとしていなきゃいけない」

そう言った宮崎駿が一枚の絵を描き吾郎に届けた。




その絵には横浜の郊外を主人公の海が

学校に急ぐ姿が描かれていた。

セーラー服で右手にカバンを持ち、

前のめりになりながら、

大股でスタスタスタスタと歩く海の姿。




表情などは一切見えない。
だが、そこからは海の直向きな姿、

性格心情までもが伝わってくる。






それから吾朗の中のキャラクター設定が

明快になり作業は一気に動き始めた。





その様子を聞いた宮崎駿は

「変わってきたならいいですよ」と笑った。

実に不器用な親子だ。






宮崎駿はプロデューサー・鈴木を通しても

アドバイスをする。

鈴木プロデューサーはあたかも

自分のアイデアのように宮崎五郎に伝える。

宮崎駿と鈴木プロデューサの信頼を見た気がした。







「なに撮ってんだよ」そう言って笑う宮崎駿は
息子を見守る父親の顔

をしていた。







今思えばコクリコ坂を見たとき、
なんだか懐かしい昔のジブリを見た気がしたのは、
子供みていた父の作品の影響を受けた
宮崎吾郎の作品の形

だったのではと思い返した。








もうすでに宮崎駿は宮崎吾郎を認めているのではないか。
今回のドキュメンタリーを見てそう思った。



















やりたいというのと、やれるのは違うんだ。
 監督ってそんな半端な仕事じゃないんだって、
 本当に自分を追い込んで、

 本当に鼻血がでるまで追い込むこと、

 それができるかどうかなんだよ。

 それで初めて何かが出てくる。

 それでも出てこない奴もいっぱいいる。

 出てこない奴の方が多んだ。」