コンポーザー「和」のご紹介

1.日本人社会で知られている楽曲

ジャカルタにある日本食スーパーマーケット「パパイヤ」で流れている曲


* ジャカルタ音頭(2006年以降)
*スーパーマーケット「パパイヤ」歌(2008年以降)
また「ジャカルタ音頭」は、2007年からジャカルタやチカランなど日本人が集まる祭りやイベントでも歌われている、NHK国際放送「J-melo」でも数度放送されている。

 

2.ローカル社会で知られている楽曲

*インドネシア政党の選挙運動用の歌(2004年)
*ジャカルタお掃除クラブの歌【Osoji Yuk !】(2014年)

(2019年)新曲の「チカラン音頭」も作る

未発表段階作品
「ほかほか弁当」インドネシアローカルレストランチェーン店様
サンプル曲は、こちらから

https://soundcloud.com/kazu-jakarta

 

Kazuが貴方のお店や会社のために歌を作ります。

まずはお問合せください。

私本人です。よろしくお願い申し上げます。

 

PT.JLC (Jakarta Laras Citra)
Ruko Boulevard Tekno D-1, Jl. Taman Tekno Widya
Bumi Serpong Damai, Tangerang 15314

 

ご興味のある方はこちらまで !
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ここからは、もう監督の考えで採用されるかどうかである。

 

自分の手は離れた。精一杯の事はやったと自負さえ感じる。良くこの状況を乗り切ったとしか言えない。

 

自分の日頃のパターンを垣間見たが、自分なりの微々たるものだけど、自分の成長も見る事ができた。

 

関係者の方々には、いくら感謝しても足りないぐらいだ。

 

実は、前回でも書いたのですが、

靭帯を伸ばしたり、腕の骨折で、正直不貞腐れそうにもなっている自分もいたし、

周りの看病が足りないと、嫌味を言いたく事もあった。

 

その中で、怪我の後、数週間後に、アテンドのお仕事やこのような映画の出演の話をいただいていた。

 

自分を変えようとしている自分が居て、自分に問うてみました。

この状況で、本当にこの両方の仕事はこなせるのか?

 

周りの事を一切考えずにもし言える事ができるのなら

もう死ぬまでの年月の方が短いと、考えても良い年で、とにかく、やらない悔いだけは残したくないと考えている。

挑戦してダメなら、あきらめが付くが、何の縁かわからないが、自分の前に現れた、困難かもしれない試練が2つ出てきた。

 

そこでこれまでの人生でおそらく一番、自分に対峙した数ヶ月を過ごした。自分の可能性と人への迷惑をどのようにバランスを取ればいいのか?

 

つい相手からの評価を気にしてしまう自分にとっては、もちろん自分との戦い、

同時に自分への承認や愛情をどれだけ自分に与えたか?

 

経験がない事だらけだった。

まだまだこれから目の前にいろんな試練があるが、精一杯向かって、可能性を見て歩いていきます。

 

できない、やらない理由を見つけるのではなく、挫折しても、死にそうに気分になっても、自分を信じようと思いました。

何の映画か?

何の役か?

どこでのロケか?

など詳しい事は、お話できないので、気付きだけをお話させていただきます。

 

まず、自分という人間の性格が冷静に判断でき、少しでも修正できると思えた。

また、自分を信じる事の偉大さも知る。

 

撮影の中で、

一番大切なのは、自分はカメラに撮られているという事を意識しない時が、

自分らしさや自分の演技ができるということ。

 

もちろんです。こうなる為には、セリフは頭の中にあり、その場面の状況に入り込む事ができなければ、演じる事などできない。

 

であれば、当然セリフを覚えなければならない。

 

でもこれをする時に、状況をかなり正確に把握、あるいは想定できていないと、頭の中にセリフは入いらない。

 

さらに役になりきっている演技者、役柄の相手が、どのような気持ちなのか?

自分とその他演技者の気持ちを動きもわかっておかないと、演じる事はできない。

 

これに改めて気付かされた。

これは、一流の役者であれば、短い時間で対応するのであろうとインドネシアの役者さんを見ていても感じる事ができた。

 

さらに、もう一つ、監督さんの想いを叶えなければならない。

台本の解釈で違った演技をする事もある。

 

ましてや、現場に入ってから初めてセリフが書いてある台本を見せられて、インドネシア語での長いやり取りがある!

びっくり。びっくりどころではない。

 

いきなり台本のセリフが変わりそうにもなったから、余計に、真っ青状態。

 

ここでは。もちろん、日本語なのか?インドネシア語なのか?

またこの言語によって、文化も背景も違って演じないとまで考えてしまっていた。

 

日本語なら、日本人の心の微妙な影など。

またインドネシア語なら、どのようになるのか?わからないなど。

 

でも、やはり一番頼りになったのは、脚本を深く深く分かっている人の指導があったので、

演じる回数を重ねるたびに、落ち着いてきた。そのかわり膨大な時間を使わせてしまった。致し方がないが。

迷惑をかけた。でもこれが自分の精一杯の力であった。

 

演じるべくこの人が、時間の経過によってどのように心が動ごいていくのか?

 

一瞬のセリフから、態度を変える。

相手に対して自分が対峙する仕方を変えていく。

 

自分のペースで行こうとする姿勢から、ある程度相手に合わせるような振りをして、相手をこちらのペースに巻き込むような演技。

 

こんなのは、今の自分の性格とは違っていて、

一瞬、演じる事はできないかも?

 

とまで思ってしまったのも事実である。

 

自分のプライドを保ちながら、格上であると思ってしまった相手でさえ、半分バカにしながら、こちらの思い通りに現状を進めていきたい。という場面を演じる。

 

クソ真面目な自分は、つい自分を演じようとしている自分が見えた。

その役を演じるはずが、自分の普段の行動パターンが現れたようだ。

このパターンは、昔の失敗で気が付いていたが、今回骨折や靭帯を伸ばしてしまう怪我をして数ヶ月も経っていたせいか?

 

テンションがあがらない。

 

自らこのテンションの切り替えが上手く切り替えられなかったのも事実である。

 

無表情な自分がいるであろうということは、想像は付いたが、やはり深刻だ。

 

 

ここで、以前とは少し違う自分だからであろう。

潰されそうな中で、自分のために演じるのではなく、自分の演技で「インドネシアを変えよう」と言い聞かせ

「自分ならできる」と心に言い聞かせながら、本番へ。

 

つづく

自分勝手に

好きなように

考えられるはずなのに?

 

でもどこかで

自分では不可能だとは考えてしまう?

恥ずかしいとか?

面倒臭いとか?

でも

本当は論外なのに、止まってしまう。

 

また実は、自分が一生懸命に行なっていることは、自分以外の人のためにもなっているのに。

 

ではどうして?

僕を邪魔しているのは何だろう?

 

やりたい事をやらない理由を探している!

 

誰への甘え? 自分への?

何故かできない理由を探している。

やらない理由はなんだ?

やらないで誰が喜ぶのだろう? 自分か?他の人?

 

やれば誰に迷惑がかかるのだろう?

 

またやれば、誰かの迷惑になるのだろうか?

誰かの足を引っ張る事になるのだろうか?

 

いろいろ考えてしまう。

やってできたら嬉しいはずなのに?

やれたら「どんな喜び」が待っている?

 

自分の気持ちが晴れるぐらい。

全力で行い、自己満足できるぐらい、集中、熱中できれば、その行動は、他人を感動させられることができるかもしれないのに!

ならどこにやらない理由があるだろうか?

 

集中や熱中することを恐れる必要はないはず !

 

集中したら、

今この瞬間の感じられなくなる?

今この瞬間の自分を見失しなう?

そして不安になる?

 

なら少し冷静になろう!

瞑想でもなんでも、静かに自分の声に

耳を傾けてみよう。

 

自分が何をどのようにしたく

何をやり遂げたいのか?

深く考えてみることにします!

どうして外国人が日本語を学ぶ?

を考えてみた。

 

日本語能力試験をご存知でしょうか?

レベルで言えば、我々が調整する「E級」からある、あれと同じであると分かりやすい。

 

漫画を読んだり、友達から話を聞いたりして、海外旅行に出かけて行って、その国で困らないため?

憧れの国へ行って、楽しみたいから?

(翻訳機でカバーできる程度)

 

日本語能力「N5程度」で大丈夫

 

その国でもっと深く勉強したり、働いたり、ボランティアをしたりするため?

その言葉を理解して、漫画や文章を読んで、理解するため?

(翻訳機ではカバーできない程度)生きた言葉が必要。
実際に会話をしないと目的は達成できない。

 

できれば日本語能力「N3程度」がほしい

 

その国に興味がある人が居て、その人自身に近づきたい、その人を知りたいため?

(ここになると外国語が必要であろうかどうかは、関係なくなるレベル)

 

その国の人たちの文化に興味が出てきて、知りたくなったから?

(その国の方々と深く交流して、興味を持って勉強するレベル)

 

自然と覚える環境になるので、レベルは自然と上がり、

そのことにこだわらなくなる。