100%を超える想い | 我が麗しき君と摩天楼

我が麗しき君と摩天楼

沢田研二さんへの想いを胸に秘め、ニューヨークに14年滞在後2013年帰国。
変わり果てた日本で逞しく生きる日々。

ありましたね~。
やはり出版してたんですね~。

こちら、本日ブックオフNY店にて$13でお買い上げ致しました。

ぽろりん。


木村拓哉 写真集 「パーセンテージ」2006年

やっぱし、いい男はいい男でした。
つっても写真ですけど。

思い起こせば、2000年に渡米するまで、木村くんに会いたいが為だけに、年間3カ所以上、6公演以上のライブにいそいそと出かけていたことを、ふと思い出しました。

最後の1999年のライブでは、泣く泣く別れを告げ、後ろ髪を引かれながら国際線に乗りましたな~。

「たくや~~!!」と叫ぶ自分の声が聞こえない程熱狂したライブ会場、花道で私に目を合わせて(自信あり)歌ってくれた「俺たちに明日はある」、あ~~目頭が熱くなってまいりました。

木村くんを見上げ過ぎて首は痛くなるし、片手にウチワ片手に星形ペンライト持って基本は万歳状態。
肩凝りまくりでしたね~。

何人もで示し合わせてチケットを取り、一番いい席が当たった人のチケットで参加するという、団結した組織と化していました。
仕事のスケジュールは、夏のライブに合わせて全て仕組まれてましたね。
出張や上司が来る時はどーしてたかな?
いや~楽しかったな~。

こちらに来てからは、思い出すと辛くなるばかりなので、10年以上一切「木村くん検索」は控えておりました。

それが、昨年たまたま、本当にたまたま、指が勝手にYTの華やかなSMAPの動画をチクッとしたら、ありゃら~。

現在の愛しい方、沢田研二様が一緒に歌われているではありませんか!

最初はジュリーが誰だか解らなくてですね。
なんせジュリーの全盛期が全く記憶にないのですから。

だれこのひと?
う~~ん。
だれだったかな~。
え~と~。
しってるかな?

そんな自問自答を数秒、ジュリーだとわかった時には、勝手に涙があふれて膝がふるえていました。

木村くんは遠いところに行っちゃってましたね。
なんと白状者。

52歳のジュリーの大勝利です。
わ~い。

何の因果か、これが放送された直前に私はすでに出国してまして、その順番がもし逆だったら私の人生はまた違った物になっていたのかもしれないと、思う次第です。大げさ。

そんな男前が大好きな私は、最近、お若い頃のジュリー様が木村くんに似て見える時があります。

びみょ~。
複雑~。

いやいや、ジュリーの方が素敵に決まっとりますよ。
失礼致しました。
それは皆様の方がよくご存知のはず。

とにかく、木村くんを大きな差で引き離して、ジュリーだんとつ1位ということです。


それはそうと、この写真集を買うはめになった前に、一応本屋に寄った目的というものはあったのです。

CDですよ。ジュリーのCD。

数ヶ月前、ジュリーのCDがいくつかあったのです。
たぶんベスト盤だったと思います。

今日、他に増えてないかな~と思って行ってみましたら、なんと、「沢田研二」というコーナーすら無くなっていました。

ぐっわ~ん。がらがらがら。。。

懐メロコーナーにもありませんでした。

「サ」行をじじっと見つめながら、横にずれて行きますと、「さだまさし」「佐野元春」。。。。「シ」行。

あら。

そんでもって、隣の列を見上げると、そこにはこんなものが。


懐メロ「タイガース」!!!

あるだけでも凄い。
でもCDは無い~。

「沢田研二」コーナー復活、懇願。

あ、でもここは中古がメインだった。
誰か売りに出さないと出て来ないのですね。
がっくし。
「昭和40年男」も無かったし。

ちなみに「水の皮膚」はいつ行ってもありません。
ニューヨーク州立図書館でも貸し出ししてません。
(あたりまえ)











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