オリンピックのヒロイン達 | 我が麗しき君と摩天楼

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沢田研二さんへの想いを胸に秘め、ニューヨークに14年滞在後2013年帰国。
変わり果てた日本で逞しく生きる日々。

たいへんだ~~たいへんだ~~

オリンピックは架橋にさしかかり、大変なことになってきましたね~

気がついたら女子サッカーだけではなく、女子バレーも共に勝ち残っており、12時間後には女子サッカーは対アメリカ、女子バレーは対ブラジル、対戦相手を見ただけでもただならぬ試合展開を予想してしまうんですけど。

でもね~でもね~、両試合、偶然にも同じ時間帯になってますね~
日本の皆さんはもちろん両方見れるわけですが、私はバレーの方は見れない確率が少々高い。
サッカーはアメリカ戦なので、こちらでは必ずライブ放送されるでしょう。

見たいなぁ。

女子バレー。

と言えば、「東洋の魔女」という言葉を知っていますか?
なかなか古めかしい言い回しですが、本当に古い古いお話で、この「東洋の魔女」と言うのは60年代に日本国内外に旋風を吹き起こした、日本女子バレーボールチームの愛称なんですねぇ。


元々は
日紡貝塚女子バレーボールチーム(後のユニチカ)の欧州遠征時の偉業が「東洋の魔法使い」として世界に広がり、数年後の’64東京オリンピックではこの日紡貝塚のメンバーが中心となり、みごと当時の宿敵ソ連(現ロシア)をストレートで破り、金メダルを獲得。
回転レシーブや変化球サーブなんてのも、この頃あみ出された技だそうで。
その後、空前のバレーブームが起こり、「サインはV」「アタックNo.1」、流行りましたね~~
>ウィキ参照

私はこの「東洋の魔女」達のプレーは全く記憶に無いけど、
「サインはV」「アタックNo.1」は見た覚えがありますねぇ。

このメンバーに対しては日本中がスポーツ界のヒロインとして讃えてましたよね~

記憶にあるのは70年代の「新東洋の魔女」ですが、それでもサッカーのJリーグなんか比べものにならないくらい、異常に盛り上がっていましたよ。

学校の部活でバレー部を密かに考えていましたが、貧弱な身体と弱っちい精神力じゃあねぇ。


今回のロンドンオリンピックで、女子バレーがメダル圏内ということでこんなことを思い出しましたが、いやぁ~~是非頑張って頂きたい!いや、悔いの無いよういいプレーが出来ますように、でした。
もう本人達はすでに十分頑張ってますからね。


おろ、たった今ニュースでアメリカ女子サッカーチームの選手が、インタビューを受けながら瞳の中に炎がゆらゆらと揺れてるんですけど。
「a game for GOLD」だってよ~~~~
「 will be great game」なんて言ってるよ~~
日本~~~~サッカーーーーーーーーーーーー!!!!
ここまで来たらもぉーーーーーーーーーーーーーー金よーーーー!金!