救急病院の優先順位 | 我が麗しき君と摩天楼

我が麗しき君と摩天楼

沢田研二さんへの想いを胸に秘め、ニューヨークに14年滞在後2013年帰国。
変わり果てた日本で逞しく生きる日々。

細かいことを言い出したらきりがないが、毎日の生活で特に声を大にして不平不満があるわけではない。
そんな日常で、時折孤独を感じることは確かにある。

昨日、いつものように朝シャワーを浴び終える頃、フラッときた。
バスタブから出てタオルを手にしたが、手が上がらず髪が拭けない。
ありゃ~と思っていると立っていられなくなった。貧血?
全裸でタオルを握りしめながらベッドまで這って行った。

荒い呼吸、
しかし、ちょっとこうして横になったらすぐ良くなるだろうと目を閉じた。
そのまま意識が無い、というか寝た?

気が付いたら昼の2時~~
仕事ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
なんで誰も電話くれんの~~?
いやいや、私の自己管理不足で勤務先の方には大変ご迷惑をかけたのは事実。
反省するべきだ。

職場に「すみませんでした」と電話すると、
「いやだぁ、ジュリー聴き過ぎておかしくなっちゃったのかと思ったよ~」
「ジュリーに会えない事がそんなにくるの~~」
「もいっかい寝てジュリーの夢でも見りゃあ1発治るよ。」
という、心温まるお言葉の数々。


あまり想像したくはないが、私はまだ救急車という物に乗った事が無い。
マンハッタンでは救急車呼ぶより車で病院に行く方が速いらしいですけどね~。

アンビュランス、救急車。


赤と青のライトが車の前、上、後ろでぐるぐるチカチカ光り輝いている。
耳を塞いでもはっきり聞こえるそのサイレンの音は、F1のサーキットを観に行った時に聞いたフェラーリの爆音に匹敵するほどでかい。

そこまでしないとNYのストリートでは目立たないのか、他の車が道を空けてくれないのか、なんだろうなきっと。

そんな救急車の中で横たわる方々はさぞ心細いだろうなぁなどと思ったりもするが、搬送先の救急病院の方がなかなかどーして、増々病人を不安にさせる施設であった。


昔、深夜友達から「お腹が痛い」と電話があり、駆けつけると普通の痛みではない事は見て分かった。
お腹を抱え、汗まみれで、歯を食いしばって痛みに耐えている。

その友達を近くの救急病院に引きずって行き、「急患です。お願いします!」
彼女が苦しみに耐えながら受付で症状をを伝えると、
「保険入ってる?どこの保険?身分証明書出して。ん~~ちょっと待ってて。」

しーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。

そんな事より早く診察せんかーーーーーーーーーーーーーー!

しーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。

日本人じゃい!治療費踏み倒したりせんわーーーーーーーーー!

しーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。

彼女の他に患者はいないのにも関わらず、し~んとした待合室で待つこと1時間以上、ようやく診察室に通された。

彼女は診察室にあるベッドに寝て医師を待つように言われる。
そして30分以上経過、まだ彼女は診察室のベッドの上でもがき苦しみ続けている。

そこで働くスタッフはあろう事か、ラジオを聴きながらドーナツ食ってる、楽しそうに電話してる、雑誌読んでる。

彼女の口からは「痛い痛い」と言う声しか聞こえない。

もーいいかげんにしてくれ!

「ここは救急病院じゃないのかーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ここには医者はおらんのかーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「医者呼べーーーーーーーーー!医者ーーーーーーーーーーーーー!」

という、こめかみに血管が浮き出るほどの私の叫びが届いたのか、白衣を着た医者らしき女性がようやく現れた。

診察時間約20分、へ?これだけ?
点滴約1時間、帰りは彼女はピンピンしていた。

点滴の間、彼女の指示で包帯やらゴム手袋、絆創膏、ガーゼ、目につく物はどんどん私のバッグに放り込まれた。
ちゃっかりしている。
このくらいいいだろう。
あんなに苦しい思いをして深夜2時間も待ったんだから。
私だってすっげー眠たかったし。

帰り着いた時には白々と夜が明けていた。

皆さんは救急病院でどのような扱いを受けたのか分からないが、私は二度と行きたくない場所のひとつである。

日常をなんとか健康に過ごせますように、日々の食生活と自己管理はくれぐれも怠ってはいかん!と自覚した1日だった。