おふくろの味 | 我が麗しき君と摩天楼

我が麗しき君と摩天楼

沢田研二さんへの想いを胸に秘め、ニューヨークに14年滞在後2013年帰国。
変わり果てた日本で逞しく生きる日々。

本日ようやく私のお母様への母の日の贈り物をみつけた。

NYはやたら物が豊富すぎて、飽和状態。
迷い過ぎるとどつぼにはまり、あれもいーな、これもいーな、となかなか決断できない。

ずいぶん前から探していたのだが、どーも気に入ったのにめぐりあわず、父の日がもうすぐそこまでやって来てしまった。

去年は杖が欲しい、というので花柄の杖を送ったみたら、本人にはやたら派手だったらしくちょっと引かれた。
「マンハッタンのアップタウンのおばあちゃんも持ってたよ。可愛いと思うんだけど。」
と言うや否や、毎日のようにその派手な杖を持ち歩いているらしい。

ふふふ、げんきんな親である。九州、大分の田舎なのに。

今年は何にしようかと、NYを品よく杖ついて歩くおばあちゃん達を観察した結果、杖つくぐらいだから両手が自由になるようにと思い、斜めがけのポーチ?ポッシェット?にしてみた。

昨年か今年、ソーホーにオープンしたばかりのカナダ、モントリオールの皮の小物洋服のお店で、しなやかな皮の質感がとても素敵だった。

”MO851”、これから注目されるに違いないぞ、「さすが、かずこ!良い物選ぶね」ときっと喜ぶに違いない、と思いきや既に銀座に一店舗出店していた。

くそぉ。恐るべし、やはり日本は情報がいきとどいている。


こちらにももちろん母の日というのはあって、その日ばかりはみんなで食事に出かける家族が多い。

しかし、こちらのお母さんの方々、100%近くが仕事をされている。
私の故郷のように結婚したから仕事はやめて専業主婦、という主婦人生は全くと言っていいほどない。そして当たり前のように男性と肩を並べて出世していくのである。

その結果家庭内の主婦業の中でも重要な、食事、
朝起きると、台所からお味噌汁と明太子の焼けた匂いや納豆をまぜる音がしたり、
家族が帰ったら、煮物やこんがり焼けたお魚の匂いがして、とか
「もうすぐご飯なんだからお菓子なんて食べてるんじゃないよー」と母親にどやされたり、
という光景はNYでは想像つかない。

だってお母さんいつも仕事でいないんだもん。

確かに仕事しながら家事もやってらっしゃる方もいるだろう。想像を絶するほど大変である。
現実的に共働きじゃないと、NYのあのアホみたいに高い家賃は普通払えない。
少数だが、でかいコンドミニアムを親子代々受け継いでる、おきらくセレブ家族もいる。

どちらにせよ、NYの家庭のあり方は私が知ってるような、暖かい、懐かしい、でもその当時はうざかった(お母さんごめんなさい)、とはずいぶん違う。
文化の違い、家族のコミュニケーションの違い、と言えばそうだが、それじゃあなんとも味気ない食卓ではないかと寂しくなってしまう。

子供の当時は何も考えずに母親の手料理を毎日食べていた。
今思うと、本当はお母さん専業主婦じゃなくてなにかやりたいこと無かったのかなぁ。
お母さん!感謝!

NYに来た友達が、NYらしいお土産って何?と聞かれると、私は速攻、無い、と答える。
世界中の物は揃っているけれど、NYの物はないのだ。
のと同じように、NYの家庭には、家庭の味、おふくろさんの味が、う~~ん、ないなぁ。

帰って母親がいなくても、NYの子供達は学校の帰り道でありとあらゆる食事を買って帰ることが出来る。
自分が食べたい物を選べるので、「好き嫌いしないで全部食べなさい!」などと言われない。
栄養が偏っても親は全く分からない。
普段からあまり親子で食事が出来ないから、バランスよく栄養を摂ることを誰も教えてくれない。

先日珍しくNYのスーパーで買い物をしてレジに並んでいた。
後ろに並んでいた親父が「お!その野菜フレッシュで美味しそうだね。」と私に話しかけた。
親父は続ける「それなんて言う野菜かい?」
私「え゛?????? ほ、ほうれん草ですが、な、なにか?」

よく見るとレジに並んでいる方々ほとんどが、箱詰め、もしくはパックされた加工食品しか買ってない。
ちなみに、ほうれん草も茹でて冷凍されたものがパックされています。

あんたたち~~
もちっと考えたほうが良いんじゃないでしょうか~~

パックされて明記されていないと何の野菜かすら分かりませんか?
野菜を茹でる時間がないほど忙しいですか?
何か一品でも自分の子供の為にちょっと手間をかけた食事を作ってやれませんか?

どんなに忙しい毎日でも、家庭の味というのは世界各国津々浦々まであると思いますがねぇ。

というか、もうここまで来たら全米食生活根本的長期的改造計画(ながっ)がこの国には必要なのか。