何でも始めての時ってものすごく時間がかかる。
今回ブログ始めてみようと思って、今実際書く迄何日かかった事か。
プロフィールってどんなふうに書くのかとか、ブログの名前を考えたはいいが、どーやって編集するんだとか、なぜこの写真が入らないんだとか。
ただでさえ機械音痴なのに、もーわからんぜーーという日が何日か過ぎ、そのうち仕事が忙しくなったり、風邪をこじらせたり、疲れてしまった。
さて、
このブログは、ニューヨークで幸せに暮らす普通の女の物語です。
沢山の方々に読んで頂きたいとかいう事はさらさら考えてません。
自分ただ一人の自己中心的な発言もあるかもしれませんが、お許し下さい。
自分が感じた正直な気持ちを残せたらと思います。
そしてそして、
最近、沢田研二さんのファンになってしまったので、沢田研二さんを知らない方には ”なんのこっちゃ” でしょうし、既に沢田研二さんの多くのファンの方々には御目汚しになるのを覚悟で、ここで前もって御詫び申し上げます。
また、30年40年ファンの方々におかれましては、今この時点でこのブログを見なかった事にして頂いても構いませんし、”そこはソーじゃないでしょー” とか ”ちっ、まだまだ解ってないわよねぇ” なんてつっこみを頂けると幸いです。
本題です。
私は2000年5月ニューヨークにやって来た。
まず、
それまで、毎年SM@Pのライブには三カ所6公演以上行っていた私はかなり後ろ髪を引かれていたが、実際こっちで生活が始まると、思い出す暇も無くなるくらい、あっという間に10年過ぎてしまった。
それが、昨年10月、ふとYTで彼らを検索すると真っ先に目に入ったのが当時52歳の沢田研二さんと歌ってる彼らだった。観てみた。
ああぁ.......これ誰だっけ....あ、知ってる....うわぁ....ジュリー、ジュリーだーーーーーー!!!!
ジュリーだ。ジュリーだ。うわああぁっ....げぇー....ジュリーーーーーーだーーーーーーー!!!!!
ジュリー、とため息まじりに出た言葉は震えていた。涙が出てきた。膝が震えた。
あんなに大好きだった木村拓哉が一瞬で遠く彼方へぶっ飛び、闇の奥へ消し去られた。
もうジュリーしか目に入ってなかった。ジュリーだけでよかった。
ジュリーの表情を観るのに、ジュリーの歌声を聴くのに、彼らが邪魔で仕様がなかった。(ひどい言われようだ)
ジュリーオンリーの検索が始まったが、マックの画面が小さいのが難だった。
と、あれ、私のテレビYT映るじゃん、ということで、46型サラウンドサウンド、ホームシアターシステムで " Kenji Sawada " を入力。700件全て一ヶ月で制覇した。
2年前に一人暮らしを始めて、大枚叩いて買ったテレビと音響システム。機械音痴の私にはやたら機能が沢山着いていて、猫に小判の今時のテレビ。それが始めてその威力を発揮したかのようだった。
画面いっぱいのジュリー。大音量。始めてのジュリーばかりだ。至福の一ヶ月だった。
ジュリーがデビューした年、私は3歳だから、リアルタイムでみようと思えば観れたのだが、親が絶対に歌番組を見るのを許してくれなかった。というか、ベストテンの他に歌番組があることすら知らなかった。始めて見た歌番組がベストテンだった。しかも毎週は見せてくれなかった。
私が観てもいい番組は”水戸黄門”と”全員集合”と”カックラキン”。でも、たびたび親の都合で観れなかった。
だから、私は沢田研二さんの記憶が全くと言っていい程ない。
ホクロを銀色にキラキラにして歌ってた。
パラシュート。
以上だ。あとは、ケバい化粧ということくらいで。
さらに、ひどいことを言えば、ジュリーとチャーとピーターの区別がつかなかった。
ファンの皆様、失言を御許し下さい。
とりあえずこの年で、こんな感情を味わえるとはなんて幸せなことかと思う。
ようやくジュリーに逢えた気がする。ジュリーの歌声を聞くとドキドキする。
あぁ、私はいつジュリーに実際会えるのだろうか。
いつあの甘い歌声をこの身で感じることができるのだろう。