ありすのブログ

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かなりご無沙汰の間、

結構色々ありました滝汗


たぶん、

言うほど大したことではないんだけど、

私の中ではちょっとしたニュースドンッ


2年以上伸ばしてた髪の毛

また切っちゃったし、


仕事も慌ただしくて、

かなりストレス溜まってた気がするし、


ちょーっと身体の調子がよくなかったり、


マリリンとこのおじちゃんも調子を崩したり、


休日もセミナーに参加してバタバタしてたり。。。



受けたセミナーの中で、

現在のカンボジアについて学ぶ機会があって、

それはちょっと、

個人的に深く染みてしまいました。


ベトナム戦争後、

ポルポト政権による大量虐殺の悲劇は、

多くの人の知るところだろうけど、

それによってカンボジアの文明の発展は

大きく遅れを取ることになってしまいました。


その発展の遅れによる

多くの国民の方が抱える日々の生活の弊害。


《水道をひねれば

いつでも安全な水が出てくる当たり前》


という言葉に、

何とも複雑なやるせない気持ちになりました。


美味しいレベルじゃなくて、

安全。。。なんだよな。


先日、

外国から日本に移住されて来た方と

お話していた時、


「日本は便利なものが何でもあるよ。

それを皆が普通に持ってる。

洗濯機や電子レンジも。

夏は涼しくて、冬は暖かい部屋で、

よく汚れの取れる洗剤もあって、

熱いお湯もすぐ出てくるのに、

それでも、

わざわざ食器洗い機まで家にある。

とっても便利で贅沢。

でも、なのに文句ばっかり。

いくらあっても足りない言う。

助け合わずに自分を大きく見せるために

勝ち負けばっかり。」


彼女の言ったその言葉に、

すごく気恥ずかしくなりました。


私は決して裕福に育てられたわけではないけど、

飲み水に困ることはなかった、と、思います。


どんなに貧乏でも公園に行けば水道があって、

蛇口をひねれば無料で水が出てきた。

泥まみれの水でもないし、雨水でもない水道水。


それが公共の公園にある国。


そんな国に私は生まれんだよな。



お風呂に入っている時、


湯水のよう身体を洗うために

流し続けてるこの水だって

飲むことができる命の水なんだ


そう思うと、

なんだか涙が溢れてきました。


今までの辛い日も悲しい日も、

どれだけ自分が

贅沢で満たされ甘やかされていたかと思うと、

自分の不甲斐なさと、

未熟さと傲慢さに恥ずかしくなりました。


人間そのものの価値は同じはず。


それが

まるで抽選のように?

もしくは意味があってなのかわからないけど、

あちこち、様々な環境に

振り分けられるように命が生まれてきます。


国も、時代も、

身体的な特徴も、

親も、

その親との相性も。


とくに相性なんて、

良質なもの同士だからうまく行くとか、

そういうものじゃないし。


どんなに思いどうりになる可能性があっても

相性ひとつでそれは違う形になってしまう。


選べて生まれてきてるのか、

選べるわけなく

生まれてきてるのかはわからないけど、


誰だってできるだけ満たされて生きて死にたいと

思うものだとしたら、

できることなら皆、

豊かで満たされた環境を選択するはず。


でも全てがそうはいかない。


実際、

美しい親からだって美しい子供が生まれるとも

限らないし、

素晴らしいと言われる教育体制を

整えたからと言って

素晴らしい大人になるとも限らない。


反対に途中までその計算通りの軌道に

乗れていたとしても、

人生なんて途中でどう転ぶかわからない。


努力という言葉を軽視するわけではないし、

努力をしようと思うことは有意義なことであると

思っているけど、

ただ、

世の中には努力ではどうにもならないことが、

大半、いや、それ以上に、

大きな割合を占めているのも事実です。


これは悲しいけど現実。


そして、その努力ではどうにもならないことに

不自由の少ない人間ほど、

無理解で無知なことも

事実かもしれません。


何故なかのかわからないけど、

私は、

そういう意味では恵まれて今、

ここにいます。


だから私も、きっと、

自分で気付かないうちに、

無理解で無知な人間になって

しまっているんだろうな。


でも、だからって、

いまここにいる自分を

変えることもできません。


こうして生きてきた私が私なんだろうし、

湯水のように綺麗な水が出る国に

生まれてきたのも私の運命。


したいことができる自由がある自分を

変えることはないと思うし、

変える必要もないとも思う。


だとしたら、

私ができることは、

やっぱり感謝することしかない気がします。

今ここにある全ては当たり前でないんだから。


安全な水が出る国にいる自分も、

お風呂がある安全な家にいる自分も、

好きなことができる自由や時間がある自分も、

自然と笑顔が出てくる日の自分も、

誰かに労ってもらえる自分も、

優しくしていただける自分も、

好意をもってもらえる自分も、

愛するうちの猫達と過ごせた自分も、

愛する人達に出会えた自分も、

私の命が何年で終わるのかはわからないけど、

それでもいままで生きてこれた自分も、

ある意味傷ついたり、

悲しくて、苦しくて、辛くて、

痛み知って学んでいくことができる自分でさえも、


それはすべて、

とても恵まれていることで、

誰かの力でどうにかなることではなく、

勿論私の力だけでどうにかなるもんでもなく、


ただ、とても有難いだけのことなんだと、

思います。


そして偶然、

当たり前に安全な水を手に入れれない環境で

生きることを駆使して笑っている人達、

国の問題だけじゃなく、

毎日の生活の中隣で、

不自由や、不便や、不条理と、

当たり前のように肩を組み

笑っている方々から、

教えを乞えるように

残りの命を生きていけたらと、

深く感じました。


他者の傷を知り学びを得るのは

他者を救ってやるという

救済者になるためのものではないと

私は思っています。


救いとは助けてあげるためのものでなく、

助け合いの精神であって、

お互い様なもの。


私も今まで沢山の方に救われ、

優しくしていただきました。

ろくに御恩をお返しできていないままの方も

たくさんいます。

もう2度とお逢いできない方、

もしくは名前も知らない何処かの何方か。


あの時の感謝を何処かで

何方かにお返しできるような自分でありたいと

思ったりしたこの頃。



そんな慌ただしい中ですが、

実は昨日からやっとの急な連休になりました笑


心身ともにリフレッシュしたいし、

旅行でも行けたらいいんですが

なかなかそうも行かず。。。笑


とりあえず、

なんかリフレッシュできる

休暇にしようと計画し、

休暇1日目の昨日は、

ずーっと観たいと思っていた


DUNE 砂の惑星


観てきました星



ギリギリ最後の回に飛び込み滝汗


砂の惑星は大昔の

カイル・マクラクランさん主演の作品で

ファンになりました。

同時、まだ子供だった私には

固い無表情のカイル・マクラクランさんを含め、

砂の惑星の世界観が

観る前は気味悪ささえ感じて

全く興味がなかったんですが、

偶然TVで観たロードショーで、

その魅惑的な世界観に

魅了されたのを覚えています。


今回の作品は昔ほどの気味悪さはなかったし、

前作より広大で

超スペクタクル感満載な作品になっていますが、

砂の惑星独特の神秘的で魅惑的で幻想的世界観は

充分堪能できました。

音楽も素晴らしかった照れ


そしてなにより、

なにこれ!!!!!!!!!!キラキラポーンハッ


主役のポール役の

ティモシー・シャラメさんの美しさキラキラ赤薔薇ラブ


 



好みのタイプじゃないはずなんだけど、

この魅了されてしまいそうな美しさ滝汗

すごい色気やなポーン

いや、これヤバイよねゲッソリ


ティモシーさん、

私と同じ山羊座らしいやぎ座

(ちなみに大好きなオーランド・ブルームも

山羊座!!)

だからなんやねんって。。。笑



平和に終わった休暇一日目ニヤニヤ





久々に考えてJOCO★着たよグッ

(バタバタしてたら裸体隠せたらいい状態で

服着てます笑)



偶然か砂の惑星も命の水が当たり前に手に入らない

世界のお話でした。



本当に。

当たり前なんて何もないんだよな。



JOCO★着て、素敵な映画を観て、

ティモシーさんで目を潤す私。


これも当たり前でない奇跡。


有難うございます。


私は幸せ者やなニコニコ



ちなみに最近ずっと、

マザー・テレサさんの本

何度も読んでる。


開眼???ポーン


いや、そんな高尚なもんでもないんやけど、

ただ、

マザー・テレサさんの言葉読み返す度に

心が浄化されていく気がします。




さて、今日もこれから出掛けてきます。

満ち足りた休日になりますようにキラキラ


良い休暇にしようグッ