浜松市天竜区の大規模地すべりを机上分析する
浜松市天竜区で進行中の斜面破壊ですが、
この記事では、そのメカニズムを机上で分析してみたいと思います。
(上記写真は産経ニュースより引用)
斜面の破壊現象としては、一般に「地すべり」と「崩壊」があります。
このうち「地すべり」は、一般に
(1)規模が大きく、(2)移動が徐々に起こり、(3)滑動速度が比較的遅く、
(4)移動土塊の乱れが少なく、(5)緩斜面で起こることが知られています。
それに対して「崩壊」は、一般に
(1)規模が小さく、(2)移動が急に起こり、(3)滑動速度が速く、
(4)移動土塊の乱れが大きく、(5)急斜面で起こることが知られています。
今回の斜面の破壊現象は、(3)滑動速度が速く(4)移動土塊の乱れが大きく
(5)急斜面で起きているので、崩壊の特徴に似ていますが、
(1)規模が大きく、(2)移動現象が徐々に起こったことから
地すべりの特徴も同時に持ち合わせています。
このような斜面の破壊現象は崩壊性地すべりと呼ばれています。
ここで、この斜面破壊(以降「地すべり」とします)について詳しく見るために
静岡県内の生活情報サイト[アットエス] に掲載された写真を参照します。
(静岡県内の生活情報サイト「アットエス」より引用)
4月22日午前に撮影された大規模地すべり前の写真(左)を見ると、
もともと斜面下部には過去の崩壊跡が存在していて、
その脚部がなんかしらの防護壁によって保護されていることがわかります。
また、破壊された斜面上部の西側(左側)の境界には線状の構造が認められ、
すでにこのときには引張亀裂が存在していた可能性があります。
その後、23日に大規模地すべりが生じ、
その後東側(右側)に破壊が進展したことを考えると、
この斜面破壊は西側から進行したことが考えられます。
さて、この地すべり地点は中央構造線が東北東から北北東に向きを変える
ポイントの東側に位置します。
(AIST活断層データベースに加筆)
地すべり地点の地質は四万十帯に属する頁岩(Shale)と言われています。
地質平面図を見ると、西側に位置する中央構造線の方位と同様の
東北東-西北西走向の断層が認められると同時に
茶畑の亀裂(引っ張り亀裂)は3月21日に発見され、
その後に伸縮計で土塊の移動が経時的に計測されました。
(毎日jpより引用)
その変位速度が大きくなったことから避難命令が発令され、
23日に大規模斜面崩壊が発生したとのことです。
さて、地すべりの原因は一般に「素因」と「誘因」に分けられます。
「素因」とは、斜面自体がもともと持っている原因で、
地形や地質の状態がこれにあたります。
一方、「誘因」とは、破壊の引き金になる原因で
地震や水圧などの自然的要因と
斜面掘削などの人為的誘因があります。
一般に斜面の不安定現象は、
このような素因と誘因が絡み合って生じることになるのですが、
この地点の特異性を示す特徴として私が注目したいのは地形です。
このポイントの周辺には特徴的な地形が認められます。
それは川に浸食されて形成された急傾斜地の中腹に
傾斜の緩い部分が点在することです。
↓下図のA, B, C, Dはその典型的な個所であり、
周囲に比べて地形図の陰影がやや白くなっています。
これらの個所の下部には斜面崩壊や特異な地形が存在していて
地図上に★印で示しています。
また、これらの★印の個所には同時に河川の急変が認められます。
空中写真で見ると、↓下図の通りです。
(A)(B)(D)について具体的に見ていくと・・・
(A) 植生に異常がある崩壊個所が認められます。
崩壊の脚部では河川が方向を急変(西→西南)しています。
(B) 植生の異常は認められませんが、
地形図を見ると沢が下方で尾根に変化する異常が認められます。
(D) 植生に異常がある崩壊個所が認められます。
崩壊の脚部では河川が方向を急変(北→西)しています。
河川が急変する個所では、一般に水流が斜面を攻撃し、
斜面が浸食されることになります。
この結果、斜面の力学的安定性が低下することが知られています。
ここで、今回の地すべりがあった(C)地点を詳しく見たいと思います。
この地点は、他の(A)(B)(D)と比較して上部の平坦面がより顕著です。
これはこの個所に比較的広い河岸段丘面(高位段丘面)が
明らかに存在しているためです。
この河岸段丘面は茶畑として土地利用されています。
量の多少はともかくとして、
少なくとも恒常的に水が斜面に供給されることになります。
また、左側の段丘面からは沢が流れていて
地すべり個所に向かっています。
つまり、段丘面に集まってきた水は
今回の地すべり個所に集中するということになります。
一般に水が地下水に侵入すると、地中の間隙に水圧が生じます。
高さ50mで0.5MPa、高さ100mで1MPaという非常に大きな値になります。
少なくとも旧崩壊は沢水の供給・浸透による間隙水圧の上昇によって
生じたことが十分に考えられます。
(産経ニュースより引用・加筆)
一方で河川による攻撃によって
もともと斜面の脚部が浸食されていたことも考えられます。
ここでまとめますと、机上調査だけでも
この地点には斜面破壊が生じるような素因と誘因がいくつか考えられます。
素因:
(1)急傾斜の地形、(2)水を供給しやすい地形(段丘面と沢)、
(3)攻撃斜面、(4)南側斜面(風化や台風の影響を受けやすい)、
(5)旧崩壊地の存在(斜面を不安定にする)、(6)頁岩の走向
誘因:
(7)水の供給
重要なことは、
これらのファクターが実際に影響を与えているのかを現地で検証すること、
また、岩石の風化状態や強度など机上調査では不明なことを調査すること
であることだと思います。
なお、「富士山の活動との関係はどうか?」などと、何も調べずに
第一報で世間に不安を与えると同時に好奇を刺激する報道を行った
一部マスメディアには、心底あきれる次第です。