自分らしく生きるには「水」になれ!

自分らしく生きるには「水」になれ!

自然療法武術家 公式ブログ

「水」は形がなく、壊れない。だから「水」の様に生きればいい。健康相談、受け付けます!

◆プロフィール
 自然療法武術家。サラリーマンの傍ら、ドイツの自然療法(ホメオパシー)を学び、資格を取得。武術家(ジークンドー・インストラクター)としてカルチャースクールの講師などを務める。元自動車メーカーのカーデザイナーとして、多くの車両・ショーカー開発に携わる。人生のリスクマネジメントを専門とするライフディフェンス・デザイナー。Kindkeで出版中。

同じ状況に遭遇しても、人によってはまったく異なった結果になります。

 

 

ある人はストレスから、趣味の創作活動に勤しみ賞を取った。別の方は精神を病んでうつになった、等々。

 

 

人によって受け取り方が違うと言えばその通りなんですが、結果は180度違います。

 

 

もちろん、程度の差があるので一概に比較はできません。

 

 

人生において、おかれた状況という「入力」に対して、どう「出力」するかがとても大事です。

 

 

大切な人生です。病気やうつという出力では悲しすぎます。ただ、それによって守られているということもあるので、悪いこととは言いきれません。

 

 

しかし、どうせなら発展的解消を目指したいものです。そうすれば、状況に振り回される被害者ではなくなります。

 

 

つまり……

辛い状況がこんなだめな自分にしてしまったと思うか、あの辛い状況があったから、より良い今があると思えるか。

 

 

前者は被害者意識にとらわれ、人生が進みません。一方、後者はまさにピンチをチャンスに変えました。

 

 

被害者意識は、状況に左右される弱い自己という暗示を与え続けるため、一向に人生が進みません。

 

 

一方、どんな逆境でもそれをエネルギーに昇華した生き方には、自分はなんとかなるという暗示と自信を与え続けます。

 

 

これこそがピンチをチャンスに、失敗を成功の元に変える生き方です。

 

 

庶民は決してただでは起きないのです!www

人に少しくらい迷惑をかけてもいいから、人生は積極的に楽しむべきです。

 

 

「〜するべき」という表現は好きではありませんが、楽しむことに関しては使いたい。

 

 

もちろん、犯罪や法に触れることはNGです。当たり前ですよね。

 

 

ある特定のジャンルを掘り下げてもいいし、複数のジャンルを持ってもいい。

 

 

要は楽しければなんでもいいのです。決まりはなく、むしろ、決めてはいけません。

 

 

「自由」。そう、それも楽しみの一つ。

 

 

楽しさの中には、誰にも縛られない、あなただけの時間と空間があり、自己表現ができることです

 

 

もちろん、大勢で楽しく過ごすのも楽しみの一つだし、その空間こそがあなたの自己表現と言えます。

 

 

世の中は、何かと縛りが多く息苦しい。思うように行かないことばかりでストレスがたまる。自己表現なんてする時間もなければエネルギーもない。

 

 

確かにそうかもしれない。でも、やってみて欲しい。きっと、後戻りできなくなります。

 

 

なぜなら、楽しいからです。

 

 

楽しさの一つに「遊び」があります。ある研究では遊びは本能かもしれないということです。

 

 

冬眠から目覚めた熊は空腹でかなり凶暴なものですが、その熊に遭遇した犬が「遊ぼう!」というサインを出すと、なんと一緒にダンスをしたという報告があります。

 

 

これは、食欲という本能を超えた行為です。研究者もかなり驚いたとのコトです。

 

 

年齢、性別、立場などは微塵も関係ありません。

 

 

人生、大いに楽しもうではありませんか!

あなたが若い頃に好きだった曲を聞いてみよう。

 

 

そう、まだあなたが何者でもなかった頃に聞いていたあの曲。

 

 

そして、その時の気持ちを思い出してみよう。

 

 

なりたい自分になれただろうか?

 

 

今の自分は、昔の自分が見たらどう映るだろうか?

 

 

現実なんてこんなものとか諦めていないだろうか。

 

 

今はそれなりに満足していると思えるならそのまま人生を進めよう。

 

 

もし、心に引っかかるものがあれば、立ち止まって考えよう。

 

 

昔、抱いていた将来の自分。それとのギャップがあなたを苦しめている。

 

 

あなたの漠然とした欠乏感の原因は、そこにある。

 

 

もちろん、全然違う方向だけど満足できる場合もある。

 

 

ただ、人生は有限だ。迷ったまま、諦めの人生では昔の自分に言い訳が立たない。

 

 

なにより、自分自身に申し訳がない。

 

 

あなたには、自分の人生を歩む権利、いや義務がある。

 

 

年齢、健康、環境……色々な制限はあるが、その中でベストを尽くし、その時々で最善と思える選択をする。

 

 

その中で、思いもよらない出会いや飛躍があるかもしれない。

 

 

「人生、まだまだ捨てたもんじゃない」と思えた時、きっと昔のあなたも満足げにうなずくはすだ。

 

 

忘れてはいけないのが、目と表情はあなたの生き様を物語っているということ。

 

 

そして、その生き様は若い人たち(あなたの子供かもしれない)の勇気になる。

何事も効率化が叫ばれる世の中です。ついつい無駄を省き、効率化を考えてしまいます。

 

 

しかし、そのために心の余裕をなくし、考える時間を十分に持てていないと思うことがあります。

 

 

その結果、ますます心の余裕をなくし、本来なら自分で解決するべき問題を、コンサルタントやその道の専門家に頼んではいないでしょうか?

 

 

別に、専門家に頼むこと自体は悪くありません。ただ本来、専門家に頼むのは自分では解決できない問題だったはずです。

 

 

効率化といえば聞こえはいいですが、何か効率化のための非効率のような気がします。

 

 

問題とじっくりと向き合い、時間をかけて解決するという、本来なら当たり前の解決方法があってもいいと思います。

 

 

また、よくある自分探しも同様です。自分のことなどはいくつになっても分からないものです。



誤解を恐れず言えば、一生探し続けるか、どこかで妥協するかしかありません。

 

 

これは自分で納得するまで考え続けることこそが答えです。本を読んだり、セミナーに出たり、旅をすることではありません。

 

 

中には見付かる人もいますが、その方はすでに答えを知っており、それを確認するための本なりセミナーだったのです。

 

 

健康の問題も同様です。本来、自分で何とかするのが基本です。そのための仕組みも備わっています。それが「自己治癒力」です。

 

 

あとは、その自己治癒力の邪魔をしなければいいのです。



よく「治らない」、「よくならない」と言う人は、この自己治癒力の邪魔をしていることが多いです。

 

 

大概の不調は休めばなるものです。でも休めないと言う方、その考えこそが病気の原因だと思いませんか?

 

 

世の中には、偉大な発見や作品など、大いなる無駄から生まれたものも少なくありません。

 

 

ムダを恐れなければ、人生はもっと豊かになります。時には「無駄」も必要なのです。

「人生に失敗はない。ただ学びがあるのみ」

 

 

こう考えて生きた方が絶対いいに決まっている。

 

 

失敗と考えるのがそもそも失敗。

 

 

物事には100%悪いことも、100%良いこともない。

 

 

必ずどちらも内包している。だからどう捉えるかは私たちに委ねられている。

 

 

つまり、私たちが決めてしまえばいい。

 

 

どんどん学びが積み上がっていく人生。成功は束の間のご褒美と言える。

 

 

だから、恐れずどんどん学んでいこう。でも、人の道を踏み外したり、責任が取れないことはやってはいけない。

 

 

起こる出来事は全て必然。その出来事は乗り越えるためにやってくる。

 

 

何らかのメッセージだったり、何らかの意味がある。それを読み解くのが人生の醍醐味。

 

 

解読できた時、その天の采配にきっと驚くに違いない。パズルのピースがピタッとはまったような爽快感があるはずだ。

 

 

最後に、人生に恐れは禁物。もちろん、正しく恐れなければならないものもある。しかし、それ以外はおバカで能天気に進めばいい。

 

 

そんなことを自分に言い聞かせている今日のこの頃。