日日cobu思事
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楽しむ

お袋の介護を始めて、
色々な事が出来なくなった。


今までの人生、
自宅で出来る趣味はほとんど無かった。
春から秋は登山やキャンプ、
冬はスキーにスノボ。

マリンスポーツもよくやったし、
バイクツーリングもよく行った。

映画館や寄席を巡り、
美味しいものを食べ歩く。

夜の繁華街にもよく行った。



しかし介護が始まると、
全て出来なくなった。


最初は初めての事ばかりの介護。
毎日が必死で、
1日があっという間に過ぎていった。


しかし人は慣れる生き物だ。
何ヶ月かすると、
多少の余裕が出来るようになった。

しかしわずかな時間で出来る趣味を、
私は全く持っていなかった。


一日の中でわずかに空いた30分・1時間。
何もする事がない。


もちろん仕事をすればいいんだし、
家事等、やらなきゃいけないことはたくさんある。
しかしやりたくない。
でもやる事がない。


私は考えた。
何かないか。
色々試した。
読書・・・続きが気になってむしろストレスになる。
飲酒・・・何かのときに対応できなくなる。
映画・・・2時間は長すぎ。


違う、受動的なことじゃ駄目だ。
能動的なことがしたい。


周りを見渡す。


毎日立つ台所。
目に入ってきたのは、
切れ味の悪くなった包丁・・・

これだ!


仕事用の道具箱から砥石を出し、
一心不乱に研ぐ。
ひたすら研ぐ。
荒砥から中砥、
仕上砥で仕上げる。

出来た!

コピー用紙で切れ味を確かめる。

何だかイマイチ。


ノミとかカンナはよく研ぐので、
包丁も出来るかと思ったが、
自分の思ったようにはいかない。

くやしい。

また研ぐ。
今度は中砥から。
色々考え、
試行錯誤し研ぐ。

出来た!

最初よりはいいが、
自分が思い描いていたのとは違う。



気が付くと1時間経っていた。

首と背中が凝りまくり。

すっかりヘトヘト・・・


でも気分は清々しい。



介護をしていると、
仕事してようが、
風呂に入っていようが、
寝ていても、
お袋の事が、
頭から離れない。

でも包丁を研いでいるとき、
お袋の事が頭から消えた。




人が生きていく上で、
大切な事に気が付いた。
切り替える事。

介護をする前は、
全く気が付かなかった。

多分自然と出来ていたからだろう。
だからストレスも、
たいして溜まらなかったんだろう。

介護を始めて、
切り替えが出来なくなっていたんだろう。

それが出来た。


他人から見ればどうでもいい、
包丁を研ぐという行為。

この行為に私は救われた。


想像

すごく久しぶりの更新です。
認知症の母は未だに、
リハビリ病院の長期療養病棟に入院中です。
一日中眠っていて、
最近では無理矢理起こしても、
起きないことが多くなりました。
でも眠っている顔は穏やかで、
見舞いに行ってその寝顔を見ていると、
こちらも何だか眠たくなり、
居眠りしてしまうこともしばしばです。

母の介護から離れて1年以上が過ぎ、
今思うことは、

「今、やらなきゃいけないことは今やる。」



母には姉と弟がいます。
私から見れば伯母・叔父です。
この二人は私の自宅から、
車で1時間位のところに住んでいます。
母が入院してから月に1回位、
見舞いに来てくれています。

ありがたいことです。
感謝もしています。

しかし思うのです。
何故自宅にいるときに来てくれなかったのか。
何故話が出来るときに来てくれなかったのか。
入院する前の2年間、
一度も母に会いに来てくれなかった。

私は何度も二人に言ってきた。

「認知症だからいつ二人のことが分からなくなるか分からない」
「認知症だからいつ話が出来なくなるかわからない」
「だからまだ元気なうちに会って話をしてやってくれ」

私は何度も何度も言ってきた。



にもかかわらず、
二人は来なかった。
仕事があるわけでもなく、
病気があるわけでもなく、
車の運転も出来るし、
電車に乗るのも問題ない。
来られない理由が無いように見える。

しかし二人は来なかった。

そして今、
起こしても起きないお袋に、
月一で会いに来てる。

そして私に

「今日も何も話さなかった」

と言う。



私は何度も

「だから元気なうちに会いに来いといったろう!」

と言う言葉が出かかった。


しかし今のところは、
その言葉を飲み込んでいる。
言ったところで、
二人を傷つけるだけだから・・・





話は変わって、
今日某SNSで以下のような投稿を見た。


**************************************************************
クルマに対する女性の価値観を認識していないことに気づいたのです。
つまり燃費がいいからなんなのさってことを言わなければ、
女性はピンとこないし、
購買意欲も湧いてきません。
例えば、燃費がいいから遠出のときも経済的!
だから知らない土地に足を伸ばして、
現地の美味しいものを食す余裕も生まれますね!
なんて言われたら、そうそう、経済性ってそう言うものよね!
って思うのではないかしら。
スペックを語られたって、
その気にはなりません。
女性の価値観をもっとお勉強をしてもらいたいなあ。。。
**************************************************************


これって真剣にそう思って、
書いているんですかね?

確かにそうしたら売れ易くなるかもね、
って思うかもしれない。

でも、価値観ってこういうことですかね?

女性は「燃費がいい」といわれてもピンとこない?

それくらい想像できないですかね?

この投稿は女性が書いてるらしいのですが、
バカにしすぎじゃないですかね、女性を・・・

もし上記の投稿を見て、
「そうそう、その通り!」
と思う人がいたら、
その人は少し考え直したほうがいいと思う。


まぁ、車の燃費なんて、
ちょっと雑にアクセル踏めば、
悪くなるし、
丁寧な運転を心がければよくなるし。
自動車メーカーの燃費データはあてにならないし・・・



でも、これが家族の、親類の、友達のことだったら・・・

想像したほうがいいよ。
もう話せなくなるかもと・・・
もう声が聞けなくなるかもと・・・
もう自分を分かってもらえなくなるかもと・・・
もう会えなくなるかもと・・・


想像したくないことだけど、
しなきゃいけないときが必ず来る。

想像したくない理由はたくさんあるだろうけど、
その結果、後悔することになる。


取り越し苦労になるかもね。
でも良いじゃない、
それで済むなら。

百回取り越し苦労して、
百一回目で取り越し苦労じゃなくなれば、
それで良いじゃない。

その一回のために、
百回でも千回でも取り越し苦労すれば、
別に良いじゃない。

それに取り越し苦労に終わった後って、
「な~んだ、よかった~」
ってなるんじゃないかな。

百回も千回も「よかった~」
って思えて、
尚且つ、いざと言うときには、
後悔することなく、
生きていける。


もっといろんなことを考えて、
想像して、行動しましょうよ。




まぁ、十人十色。
人の考え方は、
それこそ色々だからね。

でも今やらなきゃいけないことは何なのか、
考えるべきだと、
想像するべきだと、
そして行動するべきだと、
私は思う。







心の揺れ

お袋がアルツハイマー型認知症になった。

そして誤嚥性肺炎で入院した。


入院して6週間が経とうとしている。

肺炎は良くなり、
肺炎球菌も検出されなくなった。

しかし今も微熱が続いている。



この6週間、
さまざまな検査をし、
微熱が続く原因を調べてきた。

その検査結果は子宮留膿腫という病気だそうだ。


細菌のせいで子宮の中に膿が溜まってしまい、
それが元で微熱が続いている、
ということだった。
根本的に直すには、
外科的な治療が必要だそうだ。

お袋は夏で80歳になる。
入院期間中に認知症もだいぶ進んでしまった。
外科的な治療には耐えられないだろう。


熱が出たら抗生剤の対処治療でお願いしますと医師に伝えた。




この6週間ほぼ毎日見舞いに行った。

いつもお袋は眠っていた。
看護師さんに聞くと、
吸引や口腔ケア、
点滴や注射で針を刺すとき以外は眠ってるらしい。

見舞いに行って声をかけても、
めったに起きることは無い。


せっかく見舞いに来てるのに、
起きてくれないのはムカつくので、
頬やおでこを叩いて、
無理やり起こすことにしている。
6割はこれで起きる。
しかし4割は叩いても起きない。


たとえ起きたとしても、
5秒もするとまた眠ってしまう。

自分から喋ることも無い。


痛いとこあるか?
寒くないか?
暑くないか?
苦しくないか?


このような質問に、

「ない」

と一言しゃべるのみである。




しかし今日はちょっと違った。

声をかけたらすぐに起きた。

痛いところ無いか?と聞いたら、
「大丈夫、痛いとこない」
と答えた。


寒かったり暑かったりしないか?
と聞いたら、
「暑くも寒くも無い、ちょうどいい」
と答えた。


○○さんから鯵の干物が届いたぞ
と言ったら、
「○○さん?会いたいね~」
と答えた。




嬉しかった。
この6週間ほとんど喋らなかったお袋が喋った。
それもオウム返しの言葉じゃなく、
自分で言葉を発した。



もしかしたら、ひょっとして、
入院前のお袋に戻れるかもしれない。
そんな期待までしてしまった。




俺は弱い人間だ。
自宅でお袋の介護をしてるときは、
毎日早く死んでくれないかと願っていた。
お袋の機嫌が悪く、
何しても言うことを聞いてくれないときは、
本気で殺してしまおうかとも思った。

入院して4~5日は正直ほっとした。

入院して10日経って、
お袋はもう生きて自宅に帰ってこないと覚悟した。

1ヶ月経って、
お袋の笑顔が見たいと泣き言を言った。

そして今、
回復するかもと期待している。

その反面、
帰ってきたらまた、
あの介護生活が始まる、
と恐怖も感じている。



俺はなんて自分勝手でわがままで弱い人間なんだろう。

このブログを書きながら、
目に涙をためている。


人はいつか死ぬ。
そして普通は親は子より先に死ぬ。
当たり前のことだ。


だけど今はこの当たり前のことが、
今、猛烈につらい。



俺は弱かったんだな~。


入院

お袋がアルツハイマー型認知症と診断されて三年が経ち、
四年目になろうというとき入院した。

4/26(日)朝お袋を起こしに行った。
その頃お袋は一度寝ると、
10時間でも15時間でも寝続けるようになっていた。
そして起こしてもなかなか起きなくなっていた。

案の定15分かけて起こし、
トイレに連れて行き、
血圧の薬を飲ませようと、
錠剤を1粒口に入れ、
水を飲ませた。

しかし飲まなかった。

口に含んだ水を飲み込むことなく、
唇の端から糸のようにこぼし始めた。

何度飲み込めと言っても、
飲み込めず、
とうとう全て出してしまった。


その後もとろみをつけたり、
アイスやゼリーを与えてみたり、
大好物のりんごのコンポートを与えたりしたが、
何一つ飲み込めなかった。


座っていても傾き始め、
目を開けることも無く、
声かけにも反応が悪い。


念のため熱を測る。
36.4℃
ほぼ平熱、無問題。

血圧を測る。
160-72
ちょっと高い。
しかし薬を飲めていないので、
仕方ない。


一応訪問看護師に連絡し、
緊急で来て貰う事にした。


一時間後に到着。

ベッドに寝かせ、
聴診器を当て、
熱を測り、
血圧を測り、
触診し、
目の色を確認。
とりあえず異常はなし。

担当訪問医と電話相談してくれて、
今日1日様子を見て、
明日朝一に訪問医が来てくれる事になった。


それから2時間おきに熱を測り、
血圧を測り、
何と水分を補給させようと、
色々試みたが全てうまくいかず。


昼が過ぎ、夜になって、
0時になり、
2時になり、
4時になり、
特に変化も見られず、
いい加減眠くなって、
俺も寝た。

4/27(月)8時に起床。
お袋の寝室に行くと、
咳をしている。
それも擬音で例えるなら、
「ゼロゼロ」
という感じで咳をしている。


誰かに聞いた記憶が戻ってきた。
「肺炎になるとゼロゼロ言うんだよ」

慌てて熱と血圧を測る。
39.0℃・201-103
ヤバイ!!
声をかけても朦朧としている。
「なんで?4時間前まで普通だったのに!?」

救急車を呼ぼうと電話に手をかけた。

その時、訪問医が来てくれた。



早速観てもらう。

「すぐ救急車呼んで!」


訪問医の号令に即座に反応し、
救急車を呼ぶ。

保険証・お薬手帳・
過去3年分の血液検査データ、
その他諸々を速攻で用意する。

その間訪問医は救急病院と連絡を取りながら、
申し送り状みたいなものを書いている。

10分後救急車到着。


救急車にお袋を乗せ、
俺は自分の車で追いかける。




病院について色々な検査をし、
2時間後に出た診断結果は肺炎。


2週間抗生剤の点滴治療、
それで直れば歩行のリハビリして退院。
命に別状はないらしい。
ただ高齢なので油断は出来ないとも言われた。
気管切開や心臓マッサージ等の延命処置はするか?
とも聞かれた。

一瞬悩んだが、しないで欲しいと言った。

何故だかお袋はもう生きて帰ってくることは無いと思ってしまった。




今日5/28(木)現在、
お袋はまだ入院している。
微熱が続き、
下痢になってしまい。
かかとに褥瘡ができ、
膝関節は拘縮を起こし、
食事を摂ることを拒否し続け、
経管栄養になっていまい。
24時間眠り続け、
頬たたいて起こしても、
何もしゃべらず、
点滴や口腔ケアのときは、
大声を上げて拒否し、
終わると10秒後には眠ってしまう。


もうあの元気で騒がしいお袋には会えないのだろう。
声がでかくて、笑い上戸で、
世話好きで、おせっかいで、
料理がうまくて、
商店街を歩くと色んな店から声がかかり、
買ったものより貰った物の方が多くなる。
そんなたくさんの人に好かれるお袋には、
もう会えないだろう。

この先何ヶ月持つかは分からないが、
どこも痛くならず、
どこも苦しくならず、
眠るように逝ってくれたら良いと、
このダメ息子は祈るばかりである。

そしてもしもう一つ願いが叶うなら、
最後にお袋の笑顔が見たい。



生きている意味

生きている意味、

もしくは生きている価値。


アルツハイマー型認知症のお袋に、
それはあるのだろうか。



今のお袋に出来ることは、


息をすること
口に入れられた食べ物を噛んで飲み込むこと
おむつに排泄すること
支えられて立ち上がること
支えられて数メートル歩くこと
声を出すこと(会話はあまり成立しない)
寝ること(寝返りもうてない)


これ位しか出来ない。

自分で自分にイライラして、
俺に八つ当たりをし、
ヘルパーさんや
デイサービスの職員さんに怒鳴り散らす。
そしてそんな自分に嫌気がさし、
落ち込む。
でも5分後には同じことの繰り返す。

こんな人間に生きている価値はあるのだろうか。



先日、行きつけの飲み屋で一人飲んでいると、
いつもはご夫婦でくる男性が、
一人でその店に現れた。

お互い嫁さん抜きで会うのは初めて。
最初はギクシャクしていたが、
酒の力も手伝って、
次第に打ち解けてきた。


その人は介護系の仕事をしている。
その人のお父さんも認知症だそうだ。

その人に俺は聞いた。


「俺のお袋に生きている価値はあるんだろうか?」




その人は答えた。

「もちろんです!」




その人曰く、
うちのお袋は介護職の人達の役に立っているそうだ。


いくら介護の学校で勉強しても、
実際の現場では役に立たない。
仕事をしながら利用者さんに育ててもらう。
そうして一人前の介護士になっていく。
その為にはうちのお袋みたいなのも必要なのだそうだ。


その事をその人は俺に熱く語ってくれた。
真っ直ぐに俺の目を見ながら・・・



俺は泣いてしまった。
うれしくて泣いてしまった。




今日もお袋は訳の分からない事を言い、
怒鳴り散らし、泣きじゃくった。

最初の頃はかわいそうに思い、
なだめて励まして、
何とかしようと思っていた。
しかし今では、
ただただ面倒くさい。
早く死んで欲しいとさえ思う。

そんな時その人との会話を思い出す。
お袋には生きている価値があると、
言ってくれた人がいることを思い出す。


そうして心を落ち着かせている今日この頃。

早く楽になりたい・・・
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