数学科の1年生が「三角化の仕方がわからないので教えてほしい」と僕のオフィスまで来た.1年の線形代数で三角化まで進んでいるというのは結構なものだとも思うが,その学生は「教科書は持っているものの,何が書いてあるかさっぱり」という状況だった.

そこで,僕がレクチャーしてあげて教えてもよかったのだが,「教科書の読み方」をレクチャーすることにした.三角化可能の定理のところをまずは読ませる.そこから「三角化をせよ,と言われたら何をすることなのか」を読み解かせる.「ユニタリ行列Pで」と書いてあったら,ユニタリ行列の定義はなんだったかを言わせる.いえなければ索引で調べさせる.彼が持っていたプリントには「与えた2*2行列を直交行列で三角化せよ」という問題が載っていたので,「直交行列とは?」とたずねて,分からなければまた索引で調べさせてメモさせる.

次は三角化の証明を最初から読ませる.その学生はよくないナナメ読みの習慣がついてしまっていて,10行の説明文があると,真ん中辺りから読み始めてしまうのだ.そのことをまず指摘してやめさせる.最初は「n=1のときは自明」と書いてあるので,n=1の場合の三角化とはどういうことかを考える.そのままでよい,ということに気づくと「だから自明と書いてある」ということに納得がいく.

以下,Aは僕,Sが学生.
次はn-1次で三角化できたとするときにn次での三角化の方法が書いてあることを確認させる.数学的帰納法を用いると教科書に書いてあるので,この点はOK.で,
A「じゃぁnはいくつで考える?」と聞くと
S「nで」と答えるので,
A「君が解きたい問題のサイズはいくつ?」とたずねて,n=2でこの部分を読めばよいことを分からせる.固有値の1つと固有ベクトルを求めて,αとvとする,と書いてあるので,これは何?と聞いて,知識がはっきりしていなければ,定義が書いてある教科書のページを開かせてαの求め方はどうやるの?と僕が聞くと特性方程式は覚えている.特性方程式を書いて
S「これのことですか?」と彼が聞くので
A「教科書を見て,自分のしていることが十分であるかを判断できるようにしなければだめ」と指導する.そうすると「特性方程式の解が固有値」という記述をみつけて
S「因数分解して解を求めるんですね」とたずねてくるので
A「教科書に書いてあることからそのことが確信できますか?できませんか?」と逆にたずねる.学生はひとしきり慎重に考えた後,
S「それでいいと思います」というので
A「じゃ,次行って」と進める.
A「固有ベクトルは?」というとAv=αvの式をさしてこれだこれだ,というから
A「じゃあその式からどうやって求めるの?」と聞くと
S「どうやるんですか」と聞き返してくるから
A「分からないベクトルを求めるときにはどうするの」
S「(x,y)とおきます.」
A「ヨコベクトルだと行列とかけられないよ」
S「じゃ,タテにします」
A「じゃ,式たてて」
S「ちょっと思い出してきました」というようなやりとりが(笑)
A「高校で数学Cやったの覚えてる?」とかこちらは言い放題.ともかく求められる.次は?
S「長さ1の固有ベクトルって書いてあります」
A「じゃ,そうしてみて」
S「はい長さで割りました.」
A「その次は?」
S「そのvをu1とおいて,それを含む正規直交基底を作る,ってあります」
A「正規直交ってなに?」
S「長さが1で直交しているんですよね」
A「次行って」
S「あってるんですか」
A「不安なら自分で調べなさい」
S「はい・・・・はい,いいようです」
S「あ,正規直交といえばシュミット」
A「平面ベクトルだったら,見た感じで求まるよ.」
S「それもそうかも.・・・あ,わかります.」
A「で,次には教科書はなんて書いてあるの?」
S「とりあえず正規直交基底をならべたものをU1とおいて,U_1^{-1}AU_1を計算しろ,って書いてあります.」
A「してみたら」
S「えっと,計算が教科書に書いてあります」
A「それを使えると思う?」
S「具体的でないです」
A「じゃ,どうする」
S「求めたので実際にかけてみるしかないですか」
A「ボクに聞かないで教科書に書いてあることから考えてごらん」
S「実際にかけてみます」
A「じゃあそうして」
S「あ」
A「どうしたの」
S「逆行列がわかんないです」
A「直交行列の逆行列ってなんだっけ」(2*2なんだけどね)
S「なんですか,それ」
A「直交行列の定義,もう一回調べてごらん」
S「はい・・・あ,逆行列が転置って書いてあります」
A「だから?」
S「転置でけいさんします.」
A「はい,計算して」
S「(もくもく黙々・・・・)あ~~スゲ~~三角化できてる~~すげ~~」
このくらいで喜んでもらえるなら,オレは我慢できるぞ(大笑)
実際にはひとつひとつのステップに猛烈に時間がかかってます.