藤沢周平は喜多川歌麿を主人公に小説

にした。

喜多川歌麿は、鈴木春信の美人画を歌

麿風に描き、絵には「歌麿写」と書き

添えている。

これにならい、「喜多川歌麿艶寝言撰」

で男と女のことを物語る。

 

歌麿とおこん(花見)

上野の山に花見にゆく、歌麿とおこん。

突然、稲妻が光り、雷鳴がとどろき、

騒然と人が走り出し、大粒の雨が襲っ

てくる。

ただの成り行きで、駆け込んだ仁王門

前の出合茶屋。

出合茶屋は、男と女が情を交わす場所、

うす暗い部屋のなかでのふたり。

一度、おこんの裸をみている歌麿。

「こっちへこないか」と言われ、畳に

横たえたおこん。花弁のような唇に唇

を重ねる。からだの匂いが深い心地と

なり、やがて裾を割ると抵抗なく、肌

にびてゆく。

おこんが不意に「先生」と言い、そして

「仕方ないわね、疲れてしまった。だか

ら、あのひときっと許してくれる」と呟

く。これに歌麿の手が不意に止まる。

 

歌麿は、おこんから身を離し、障子を開

け、「気が利かない雨だ。晴れちまった

ぜ」と言い、裾を乱して横たわったまま

のおこんをみる。

 

歌麿とおこん(桜花散る)

歌麿の前をおこんの(夫の)貧しい葬

列が通りすぎる。

かつて鈴屋で働くおこんの別の姿を見

た。

美人だが、(夫のために)盗みの手癖

の悪い姿(女の裸)をみた。

花見にゆきたいというおこんを連れ、

別れるつもりでいた歌麿。

歌麿は、あのとき、少年のような男

(夫)の眼を思い出し、すこし伝法

な口調で「せっかく気分が出たとこ

ろで晴れちまったぜ」と言い、おこ

んを見る。

葬列を見送る歌麿の眼に妙源寺の塀

の上の桜の枝から数篇の花弁が棺に

落ちかかるのが映る。

 

 

ーおこんと難波屋おきた・

高島屋おひさー

おこんは19歳、水茶屋鈴屋の茶汲

み女だった。

難波屋おきた、高島屋おひさが、歌

麿の錦絵で有名になり、水茶屋の難

波屋、高島屋が繁盛している頃だっ

た。版元の鶴喜から連作をたのまれ、

おこんを鈴屋から借り描いていた。

おこんは、心もち受け口の唇に男心を

そそる色気があり、おきたやおひさに

くらべ、顔に別の影がひそみ、その隠

された表情に興味をそしっていた。

歌麿が「お久が、二ヶ月前に西国の武

士と駆け落ちした」というと「そんな

ねんねじゃありません」と言っていた

おこん。

歌麿と別れ際に「先生に絵を描いても

らいたかった。でも、もうおしまいね」

と急ぎ足で葬列を追っていた。

 

 

難波屋おきた

 

 

高島屋おひさ

 

 

2020.6.28

藤沢周平「喜多川歌麿女絵草紙」(感想)