司馬遼太郎が日露戦争を描く「
坂の上の雲」。
長編小説(「文春文庫」8巻)の
第4巻には、「黄塵」から「旅順
総攻撃」まで描かれている。
 
イメージ 1
黄塵・遼陽
ー児玉源太郎・大山巌ー
明治27(1904)年、
日本の連合艦隊は旅順を封鎖する。
陸軍は、海軍の要求に応え、第3
を創設し、乃木希典を軍司令官とし
て遼東半島に送る。
 
 
イメージ 2
 
陸軍作戦の指向は、満州平野で、遼
陽を制し、奉天を制することであっ
た。
遼陽は、南満州で奉天に次ぐ都会で、
北の奉天以上に戦略価値があり、四
方八方から道路が集中し、道路の砂
をまきあげる黄塵あたりが、満洲で
あった。
 
現地に「高等司令部」をおき、陸軍
大将に児玉源太郎、陸軍総司令官に
大山巌がつく。
最初の日露両軍の大会戦の遼陽会戦
(8月)。
ロシア軍の兵力23万、日本軍は14万。
首山(しゅだん)堡にて、日本軍は奥
軍と野津軍、敵味方800万余門の大砲、
小銃は日露あわせて3,40万挺、終日
砲撃は続行し、大地が揺れ、発射煙は
地を這った。
 
 
イメージ 3
 
遼陽のロシア軍兵力23万人 
 
このとき、児玉は、旅順攻囲中の長大
な攻城砲二門を使った。
 
イメージ 4
 
遼陽の1日本軍兵力14万人 
 
結果、ロシア軍は奉天で決戦に挑む
作戦をたて、遼陽を退去し、日本
この地を得たが、児玉は、東京の大
本営の山県有朋に「砲弾不足で、
に打撃を与えられず」と電報を送る。
 
旅順総攻撃
ー乃木希典・伊地知幸介ー
旅順港とその大要塞は日本の陸海軍
にとって最大の痛点でありつづけて
いる。
旅順市街を占領するには、敵の鉄条
鋼と保塁群とさらに補助堡塁があっ
た。
これに乃木司令部は、途方もない銃
剣突入を命じ、命令を受けた隊は、
鉄条鋼の前でさまよい、開始から約
1時間足らずでで3000人が壊滅す
る。
満州における全日本軍の安危は、
迷な乃木希典・伊地知幸介の2人に
握られている状況下にあった。
11月26日、旅順への第3回総攻撃の
日、大山巌と児玉源太郎の総司令部
は、遼陽の北の煙台にあった。
 
イメージ 5
 
日露両軍の旅順要塞攻防の203高地
 
 
 
2019.4.7
司馬遼太郎「坂の上の雲」ー日露戦争と「陸軍」・「マカロフ」(東郷平八郎)ー