大阪の熊取町
熊取(大阪府泉南郡熊取町)では、地車
(だんじり)祭が10月7日(土)、8日(
日)にあり、五穀豊穣を祝い、11台の地車
を街の中を曳くが久保の地車はそのひとつで
ある。
 
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          番目に大森神社宮入の久保地車(2016年)
 
熊取地車祭と久保地車
久保には熊取の南にある恵林寺から近い
高台に地車庫がある。
 
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           久保の地車庫(大阪府泉南郡熊取町久保)
 
古くからある久保は、熊取のなかでも広く、
南の端は永楽ダム周辺、北端は大森神社辺
りにあり、大字久保と名がついた飛び地も
みられる。
 
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          久保の地車庫から見る熊取の南の風景
 
江戸時代の地図の「日本輿地図」(寛政
2年・1749年)によると、熊取荘八村の
ひとつとして、北の雨山・和田山の南に
久保が記されている。
 
ちなみに他の7村は、見出川沿いに宮村、
小垣内、七山、熊取野の周辺に野田、御
門、紺屋、大久保がある。
 
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熊取荘八村(寛政2年・1749年、和泉国地図「日本輿地図」) 
 
 
 
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「日本輿地図」より約100年後の「熊取谷
檀尻書上げ」(天保12年・1841)による
と、熊取谷の五ヶ村に檀尻の制作年が記さ
れているが、久保の名はなく、熊取が明治
22(1889)年に熊取村ができるときに
高田、下高田、和田、大浦、久保、宮が久
保大字のもとに編成された和田、宮村(の
ちの大宮)に地車がある。
熊取は、この明治22年頃とくらべると、
約10倍に増え、町としては約4万4千人
の大阪府下で一番大きな町となる。
 
久保地車
熊取の11台の地車が揃って、地車祭が行
われたのは大正時代で、岸和田の地車を購
入し、修復して使う地区が多く、久保の地
車は昭和9(1934)年に制作されている。
 
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大森神社方面にゆく試験曳きの久保地車(2017.10.1)

 
ー試験曳きの久保地車ー
 

 

        熊取地車祭試験曳きの久保・大宮地車(2017.10.1)
 
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10月4日