現場検証 | お葬式

現場検証

病院の待ち合い室

あたしは、複雑だった


つい、2週間ほど前には元気だった父が


氷のように冷たかった事

硬くて


顔も変わっていた事


何より


原因が解らない事


医者は、CTを撮っても

どこを調べても、原因が解らないと言った

治療の施しようがなかったのだ

ただ、命を繋ぐ為だけの…
延命処理だった

さっき、エレベーターで逢った男は、警察の人で

深い緑のシートに父はくるまれ…
連れて行かれた

そう言えば

あたしが救急入り口付近で見かけた、パトカーがそうだったのか…

兄はパトカーで、家に向かった。

あたしと娘

彼氏のヒデと

神戸に住む父の姉

すぐ下の近所に住む弟

奈良に住む、一番下の弟が病院に残された

あたしと、娘は

神妙な場面になると

つい、面白い物を見付けてしまう。
わざとでは無いし

今、決して面白い!って思う場合では無いが…

嫌、これは久川家の遺伝である

父は、生前とても愉快な人だった。

茶目っ気があり、良くあたし達は父のイタズラに
まんまとひっかかっていた(笑)

父が、シートにくるまれ連れて行かれ

兄は警察に連行された

あたしは、父が病院に運ばれた時、身に付けていた、衣服やギブスなど
透明のごみ袋に入れられ手渡された。

救命時に、破かれた、黒いトレーナー

あたしが最後に買い足した、リーバイスのスエット…

父の右手に付けられていたギブスは半分に切られていた

あたしは、それを胸に抱きしめ

ソファーに座り込んだ。

前から、父のすぐ下の弟のおっちゃんが来た。

『あんな…9時過ぎに、あかんかってん…』

ふと、顔をあげると

あたしと娘の前に立っている

おっちゃんのズボンのチャックは

全開だった…

娘…

早くも気付き

顔を下に背けた。

さっきから、このファミリーは

どうかしている…

兄は、涙より先に

鼻水をぶっ飛ばした

あたしと娘は
その泣き方に言葉を失った。


いや…

そりゃ、かっこよくなど…

泣けやしません


だけど、ありのままで泣けている兄に
ちょっと、ボー然としました★

娘も、目が点になってます。

あたしがさらっと
『おっちゃん、チャック開いてんで』
と、言うべきか…

『社会の窓が開いてますょ』
と、おじさん世代的に言うべきか…

『おっちゃん!チャック、チャック』
と短縮形で言うべきか…

それとも、誰かが気づくのを待つべき??


いいや、この際、本人が気づくまで
見てみぬフリをぶっかますか…

父の死を目の当たりにしているあたしが

冷静にそんな事を考えている。

回りを見渡したら、あたし達の前に、仁王立ちしているチャック全開のおっちゃんを直視出来るのは

あたしと娘、彼氏のヒデしかいなかった…

あぁ…

もぅ

無理


年頃の娘が、おっちゃんに指摘出来る訳が無い。

ましてや、彼氏は到底言えまい…

ここは、親族1毒舌で

ちゃらけたあたしが、このキャラを使って

言うしかないか…

『おっちゃん』


決心して

呼んだ瞬間

『兄貴、チャック全開やぞ』

父の一番下の弟が指摘★

『あっ、ほんまや』

急いでチャックをあげると

また神妙な顔に戻った。


お父さん…

ごめん★


あたし、ちょっとうけた★

回りを見渡したら
娘もホッとしていた。

彼氏は、テンパって気づいていなかった。


父の姉が口火を切る。

『あさか、この人は誰?』

あたしの彼氏の事である。

身内とは、十数年逢っていなかった。

元旦那とは、明らかに違う男を連れて

父の臨終に駆けつけたのだ。

まぁ、こうゆう話しにはなる。

彼とは、娘を交えてお付き合いをして来た。

最初は、父は猛反対していた。

孫の心配をしていたのだ。

三年前に、父が倒れた際、彼が父を見舞ってくれ

父は、死ぬ前まで
『ヒデちゃん、わしはもうあかんわぁ
あさかと、孫の嫁入りを頼むわ…』
と、しきりに言っていた。

後で話すが、あたしは、このヒデとは父が死んだら別れようと思っていた。

なので、父の再期に、身内に逢わせる事になった事は
あたしの誤算だった。

考える所はあるが…

父が一番に気にかけていた事

なので、みんなに説明をした。

生前、父には逢っていた事。

父が認めてくれていた事を。

その間

ずっと、父のすぐ下の弟(チャック全開)は

鼻をほじっていた。

これも、久川家の遺伝なのか…

緊張状態にあると

なぜか、鼻をほじるおっちゃんが多い

父もそうだった。

ずっと、ずっと

鼻をほじっている。

いきなり

おっちゃんは、鼻血を出した。

全く、世話のやける人である。

『わし…鼻血出てる…なんでやろ…』

姉が心配する

『どうしたんや、あんたぁ疲れとるんちゃうか?』


『兄貴、大丈夫か?』


(さっきから、鼻くそほじりすぎやで…ただ、ほじりすぎなだけやろ…)


あたしは心でツッコミを入れた。


『こわいわぁ…わし、何もしてないのになぁ』


いや、凄い鼻いじってたし…

おっちゃんの鼻血が止まるのをひたすら待ち

病院に、お世話になった挨拶を済ませると、現場検証が終わるまで

どうするかの話しになった。