自分の勉強のためにやってるブログだが
「こんなエピソードをひろうという下作業的なものは、いちいちアップしないで、バックステージでやって、まとめたものを週に1~2回投稿すればいいのでは?」
というもうひとりの自分の声がここ最近ずっとしてる。
勉強のためと、体裁を整えてと、気持ちのはき出しと、毎日アップ
これが私の中で主導権争いをしている最中だ
毎日アップしようとすると、体裁が整わないままアップすることになる
でも1週間かけたからと言って、いい記事が出来るとは限らない。うまくまとめられなくて「もういいや」と投げ出しそうになるのも怖い
よくみるとこの4つ、勉強(水性)、体裁(金性)、気持ち(火性)、アップ(木性)と、東西南北がそろってる
ただ、土性が抜けてて、自分と心が不在の状態。
中央・天軸、だいじなヵ所に立っているはずの私がまだグラついているのがよくわかる。
こうやってくだらないことを書いている今日は、気持ち(火性)の勢いのほうが強くて、体裁(金性)がやられ気味で、少々はずかしい思いをしながら、こうして書いている
なんとも。。。笑える状況だ。
今日は壬戌。今日の私の日運は、落ち着いた天堂星でうごく鳳閣星。
客観的観察&表現の日ということか?
なら、恥ずかしついでにも少し。
この主導権争い中の4つに、優先順位をつけてみようと思う。
第1番目はやっぱり「毎日アップ」木性が第1位。
今は内容よりも、行動し続けることの方が大切だと感じる。一見遠回りのようだが、1年後の自分を想像すると、体裁を整えてから週一でアップするより、はるかに成長していると思えるからだ。
それに、日年の位相法が巳-申の支合なので、同と同じく、パターンに入った方が自分が楽。
なので、体裁(金性)< 毎日アップ(木性)、ということになる。
なんと木性が金性に勝ってしまった???
これは「勝復(しょうふく)」という気の流れが起こっているということなのだろうか?
金と木の関係は、体裁(金)が行動(木)を打つ、打たれた木性が刺激を受けて自分の中にある相生の気(火性)を吐き出し、火剋金と、打った金性を打ち返すこと(親のかたきを討つ流れ)でバランスをとる。
青龍塾『勝復論とは陰陽を考えない五行の段階で生れた理論で、剋関係における気の自然バランス作用を説いたもの。(中略)もちろん、これは報復の原理を解いたものではない。相剋関係は打たれる側を活性化し、そこから新たな何かが生じ、打たれたことを相殺し、新しい調和を生むことに意味があることを解いたものである。(旧塾ブログ/相生相剋論より引用)』
第2番目は、当たり前だが自分の勉強のため。毎日アップの方が、先ほどの「勝復」みたいに大事なことを思い出させてくれる効果もあるし、ブログをしなくても勉強はできるので、だいじなのはやっぱり行動ということで、今回は二番手に。
第3番目は気持ち(火性)だ。気持ちというより「表現」していくということ。今こうして言っているようなことをブログに書いている時点で、火性(気持ち・表現) > 金性(体裁)状態だ。
第4番目は残った体裁(金性)。
主星が火性(調舒星)なので、もともと火剋金的なところは多々あるのですが、ただ今までは個人的な心の中のことなので、それで良かったのだけど、、、、、
ブログというのは、”ひとりごと”というブログタイトルにしているが、それこそひとりごとの体裁をとっているだけで、ちゃんと外界に向けて自分が発信するわけなので、意識しないわけには行かなかったということだけど、それでも4番目になってしまった。
こんな言い訳ちっくなことを書き連ねている自意識過剰な私は、やはりこうして自分を守っているのだなとつくづく実感。
守ってますよと言っとかないと先へ進めない私。
結局なんだかんだ体裁も取り繕っている私。
いろいろ考え過ぎの私。
。。。おつかれさまです。
ということで、なによりも「毎日アップ」という、積極的に行動することが一番大切で、体裁を整えるのは4位という結果になりました。<(_ _)>
この流れで考えると「体裁を整えないブログ」を良しとして考えると、なんていうのかド忘れしちゃったけど、イラストとか製作途中をずっと流している動画みたく、宿命の検証途中やエピソードをひろったりする下準備も「ひとりごと部屋」の一部として上げていくのを、自分の中で良しとすることにします。カッコ悪いけど、もう決めました。
大運と年運の禄存星が重なる今年の私。
ほんと、私っぽくないのだけど、なんか、こうして出ていってしまう私がいるのは確かです。ふしぎな感じがしています。
以上、
今朝は大いなる言い訳の垂れ流しからスタートでーす?