「私の愛する本たち」で紹介したことのある『父親の研究』(木原武一)に

子どもをよくほめた森鴎外(もりおうがい、明治時代の文学者)の話が出てくる。

次女の杏奴(アンヌ)の思い出に出てくる父親である。



  「父はよく私たちを誉めてくれたが、そうすると私は子供心にも何んだか一種の自信力が

   植え付けられるようで、自然に満足な落ち着いた気持ちになれた。

   『杏奴は今にきっと偉くなるぞ』
   
   そんなことを言われると私は何時か本当に自分が偉くなるような気がしてくる。

   こんなことばは土に水がしみこんで行くように私の胸の中を潤してくれる。

   大きくなって少しも偉くならなくても、父の愛に満ちたそうした言葉の数々を思い出して、

   うっとりとした幸福な気持ちに浸ることが出来るのであった。」


   「私は今でもそう思うが、父が一緒にいた時のような深い楽しさと安心はもう二度と

    得られないように思う」


  鴎外は、三人の子どもたちをよく誉めたらしい。それが子どもたちの自信になったに違いない。

  長女の茉莉(まり)は、父と同じく文筆で身を立てる人になった。

  ひるがえって、私は、あまり父にほめられなかったな。話を聞いてもらったことは、皆無と言える。

 私たち夫婦が、子どものことを話していた時に、父が「子どもの話なんか聞くもんじゃない」

 と言ったことがあって、妻が憤慨していた。
 
 改めて、自分はそういう育て方をされたんだ、と変に納得した。

 私は、あまり子どもの話を聞く親ではないと思うが、妻はじつによく聞いてあげている。

 だから、子どもたちは伸び伸びしている。