子連れ国際再婚のこんな家族のかたち♪ -2ページ目

子連れ国際再婚のこんな家族のかたち♪

難しい年頃の娘を連れて国際再婚をしてはや13年。
いやぁ~ いろいろありました。そして去年の8月、
信じていた主人から、耳を疑う言葉が・・・

日々の様子を綴っていきたいと思います

今年は母がいません


先月の7日に逝ってしまいました



30年前の輸血が原因での
肝臓がんでした


母は、主人の事が大好きでした

亡くなる少し前にも、次女の手を握り
パパさんに感謝の気持ちを忘れずにね・・・と
何度も言っていました


私は、母に私達の事が気付かれないように
いつも明るく主人の話をするのが精いっぱいでした


そんな母に主人は手を握りながらよくお祈りをしていました


亡くなる2日前も母にお祈りをして、母にアーメンというように
促していました


母は声も出せない、目も開けていられない
そんな状態だったのに、目を見開いて
小さな声で、アーメンといいました


それを見て、父が喜び
母に「お祈りしてもらってよかったな」と
何度も母の頭を撫でながらいっていました



私の母に対する主人の優しさに皆
感謝しました



母のお通やの時、私は主人にいいました

「私のお母さんにお祈りしてくれてありがとう」


主人はいいました

「君のお母さんだからお祈りしたんじゃないよ。
 一人でも多く、神様を伝える為にお祈りしただけだよ」

「・・・・・・・・・・・・」返す言葉がありませんでした


私が母のお通やも葬式も涙が出なかったのは
この主人の言葉があまりにもショックで呆然としていたから・・・



自分の親をこういう風に言われるって
とても辛いし傷つきました



明日は母の日



毎年、両手いっぱいのカ―ネ―ションを抱えて実家に
行くと、「まあ!まあ!きれいネ!」といって
喜んでくれた母はもういません


主人とのごたごたの中での介護だったので
主人とケンカしている最中に母から電話がかかって来ては
心配かけないように母に気付かれないようにするのが
精一杯で、なにを話したのか、何を約束したのか
あまり覚えていないのです



母は、主人のお祈りの後に私の手を握りいいました
「なかよくしてね」

声は出なかったけれど、口がそう動きました

私が泣きながらうなずくと
嬉しそうに少しほほ笑みました



その時、私は主人との関係を元に戻そう!!と心から思ったのに
主人の、心ない言葉にマシンガンで
打ち抜かれたように心臓が痛くてたまらなかったのだけ
覚えているのです




私は、いつも母の側に寄り添っていたのに
気持ちよく寝てると勘違いして、少し場を離れてしまい
死にめに立ち会えませんでした


ショックでショックで、泣く私に主人がいいました

「お母さんの死はなにも悲しむ事ではない」・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・」


母を思い出す時に、いつも主人の言葉を思いだしてしまい
くやし涙が出る私です




はやく時が経ち、
忘れられるといいのに・・・







喋れなくてもいいから
寝たきりでもいいから
お母さん!って声をかけたら
微笑んでくれるだけで嬉しかった。
もっと、生きていてほしかったよ。お母さん・・・



今日は母の日


お母さん。母の日あめでとう!!


お母さん

私達、別れるの   許してね