今回の広島訪問では、宮島最寄りの廿日市からさらに岩国寄りの大野浦、大竹方面へ。夏に来た時は、路面電車が乗り入れた広島駅やサカスタなどを訪れた「シン・広島さんぽ」だったのにあやかり、「ニシ・広島てくてくさんぽ」と題してめぐってみましょう。

最初に訪れたのは、大竹市の晴海臨海公園にある、下瀬美術館。広島市の建築資材メーカーの丸井産業が創業60周年を記念して、2023年3月にオープン。ユネスコのベルサイユ賞を受賞したことから「世界で最も美しい美術館」と称され、注目を浴びているアートスポットである。

建物は建築家・坂茂氏の設計で、ミラーガラススクリーンを配した外観のエントランス棟を入ると、36本の木材を1本にまとめた巨大な2つの柱が、まるで大樹のようにそびえ立つ。渡り廊下でつながった八つの展示棟は、水盤の上に浮かんでおり、水の上を動くその名も「可動展示室」。8色の箱のようなガラス張りの建物が浮かぶ様は、瀬戸内海の島々からの着想で、造船技術を活用して浮かせている、まさに広島の自然と産業を象徴した、一つの作品といえる。

「アートの中でアートを観る」と称した所蔵品は、近代絵画を中心に実に多彩。この日は新たに収蔵した現代美術家の作品展で、松山智一は古今東西の絵画や大衆文化から引用したモチーフを再構築する「サンプリング」による作風が特徴。鮮やかな色彩と緻密な描写、平板ながら内面が伝わる表情の人物など、現代の浮世絵といった印象だ。

サム・フォールズは、カンヴァスに植物を配して染料を撒き、太陽光や雨風にさらして絵画化する手法。高さ3.6m、横幅45mを超える大作「Spring to Fall」は、曲面の大絵画に様々な草木のシルエットが暖色と寒色で遷移していく様に、アメリカの原野の季節の移ろいが、野にいるかのように感じられる。

展示棟を出たら、エミール・ガレの作品に登場する草花がそよぐ「エミール・ガレの庭」で、四季の花々を愛でながらの散策が。順路の最後にはコスモスが斜面に咲く丘を登り、エントランス棟の屋上の「望洋テラス」へ。瀬戸内の多島美を一望でき、眼下には宮島に臨みながら水盤で揺れる、8色の箱。アート作品とアートな建物と、広島や瀬戸内の風景が、一体になった景観である。