大分は戦国期には「府内」と呼ばれた城下町で、領主の大友氏がキリシタン大名だった縁から南蛮貿易で富を築き隆盛を極めた。現在はごく普通の地方都市然としていて市街に往時の名残はほぼ見られないが、「おんせん県」の県庁所在地たる賑わいに城下町の面影をたどりながら歩いてみた。

駅からJR高架化によるかつての線路跡の遊歩道、ボードウォークをたどり、まず訪れたのが大友氏館跡。府内の領国支配の拠点で、まだ発掘調査途上の広大な敷地には庭園跡などが復元されている。金池大通りを駅へ戻り、南口のアート緑地の大分いこいの道にも寄ってから、ご当地デパートのトキハなどが並ぶ繁華街・中央通りへ、途中ふないポルトソール、サンサン通りなど夜の繁華街も分岐、辰野金吾による明治43年築のもと二十三銀行本店の赤レンガ館を抜けると、しゃれた店や彫刻、アートが点在する舗道の赤レンガ通りへと出る。

繁華街があるのはかつての大手町で、市場筋でもあった物流拠点だったエリア。城下に渡された堀も錯綜しており、水辺公園のふないアクアパークはその名残を伝えている。抜けたところの遊歩公園はアート緑道で、北村西望の「健ちゃん」、朝倉文夫の「みどりのかげ」など著名作家の彫刻のほか、西洋医術発祥記念像や西洋音楽発祥記念碑、伊東ドンマンショ像にザビエル像といった史跡ゆかりの像も集まっている。

あたりは侍町だったかつて三ノ丸で、国道197号の先の内堀を渡り大手門をくぐると、大分城址公園・府内城跡へと入っていく。大友氏の後の豊臣時代に築城された城で、大手門の多聞櫓をはじめ着到櫓、平櫓、二階櫓、人質櫓、西ノ丸角櫓が復元され、北寄りにはかつて四層の天守が聳えた天守台と本丸櫓台の、荒々しい石垣が。上に登ると当時は大分川河口に位置した城下町を一望。廊下橋を渡った山里丸には藩主直参の宮だった松栄神社が構え、堀端からは石垣の上に聳える人質櫓、鳥居を出た左には西ノ丸角櫓が、城郭の威光をとどめている。

城跡からは再び駅方面へ引き返し、アートプラザや大分市役所、いいちこ総合文化センターなどの建築を眺め、ローカルアーケードのガレリア竹町・セントポルタ中央町を抜け、SLC62が静態保存されている若草公園、末広町の先の寺町を歩き、掛け流しの天然温泉の銭湯あたみ湯を過ぎれば大分駅前へと到着。1時間半ほどで巡れる、コンパクトな町である。