太秦から嵐電で入り、北野白梅町からまずは妖怪ストリートの異名があり、沿道にハンドメイドの妖怪像が点在する大将軍商店街を歩き、椿寺と方位を司る大将軍八神社を参拝。そこから修学旅行生の朝イチ参拝でごった返す北野天満宮を軽く流し、備品搬入の車両が多数前付けして絵になりづらかった上七軒の茶屋街を抜け、六叉路から旧七本松通りを選ぶとようやく人通りの少ない「生活道路」の散策に。
旧七本松通りの先、おかめ像が構える千本釈迦堂を経て、レトロな構えの喫茶や職人の店が構える五辻通りへ。ここから上立売通りにかけては西陣の中心部で、織物の工場が多く歩いていると織機の音がリズム良く響いてくる。石畳の小道にある織成舘の先にある雨宝院は、小ぢんまりした境内に聖天様や千手観音を祀る。門に架かる赤い提灯の先に瓦塀が続く様は、京都の景色の中では好きな眺めだ。智恵光院通りから入った路地には町家が密集、途中にある三上家の路地との名がついた、クリエイターズ町家長屋も偶然発見した。
蛇行しながらのびる路地を南方向へ歩くと、京都市考古博物館の脇へ。今出川〜堀川と大通りをやや歩き、安倍晴明の晴明神社で五芒星を拝んだら、堀川通りを渡って元誓願通りや小川通りなどをたどる。いずれも市街地の中を錯綜する道だが、途中には茶道の武者小路千家の官休庵があるなど、沿道の随所で整った街並みを見せている。衣棚通りから室町通りを経て烏丸通りに出たところで、正面に京都御所の犬居五門が構える。ここから入ると御所の北端で、近衛邸の跡地は児童公園や枝垂れ桜並木が整備された緑地で市民の憩いの場になっている。
御所の塀の北東角の猿ケ辻では猿像が見つけられず、今出川通りに出て同志社大の赤煉瓦校舎群を見ながら歩くと、出町柳の繁華街へと出る。アーケードの庶民派商店街は、マグロのオブジェや顔はめなど手作り感が素朴で、まさに市街北部の下町といったエリア。鯖街道入口の碑を見て出町橋で賀茂川を渡ったところが、高野川と合流する通称「鴨川デルタ」。賀茂大橋を見ながら飛び石で川を渡るのは、なかなかスリルがある。
北野白梅町駅から京阪の出町柳駅まで、見学と多少休憩を入れながら4時間ほど。観光地的要素は少ないですが、普段着の京都の街の様子が感じられるルートかと思います。
旧七本松通りの先、おかめ像が構える千本釈迦堂を経て、レトロな構えの喫茶や職人の店が構える五辻通りへ。ここから上立売通りにかけては西陣の中心部で、織物の工場が多く歩いていると織機の音がリズム良く響いてくる。石畳の小道にある織成舘の先にある雨宝院は、小ぢんまりした境内に聖天様や千手観音を祀る。門に架かる赤い提灯の先に瓦塀が続く様は、京都の景色の中では好きな眺めだ。智恵光院通りから入った路地には町家が密集、途中にある三上家の路地との名がついた、クリエイターズ町家長屋も偶然発見した。
蛇行しながらのびる路地を南方向へ歩くと、京都市考古博物館の脇へ。今出川〜堀川と大通りをやや歩き、安倍晴明の晴明神社で五芒星を拝んだら、堀川通りを渡って元誓願通りや小川通りなどをたどる。いずれも市街地の中を錯綜する道だが、途中には茶道の武者小路千家の官休庵があるなど、沿道の随所で整った街並みを見せている。衣棚通りから室町通りを経て烏丸通りに出たところで、正面に京都御所の犬居五門が構える。ここから入ると御所の北端で、近衛邸の跡地は児童公園や枝垂れ桜並木が整備された緑地で市民の憩いの場になっている。
御所の塀の北東角の猿ケ辻では猿像が見つけられず、今出川通りに出て同志社大の赤煉瓦校舎群を見ながら歩くと、出町柳の繁華街へと出る。アーケードの庶民派商店街は、マグロのオブジェや顔はめなど手作り感が素朴で、まさに市街北部の下町といったエリア。鯖街道入口の碑を見て出町橋で賀茂川を渡ったところが、高野川と合流する通称「鴨川デルタ」。賀茂大橋を見ながら飛び石で川を渡るのは、なかなかスリルがある。
北野白梅町駅から京阪の出町柳駅まで、見学と多少休憩を入れながら4時間ほど。観光地的要素は少ないですが、普段着の京都の街の様子が感じられるルートかと思います。
