松原通から北へ入った宮川町も、京都五花街のひとつ。あたりはかつては鴨川の河原で、川筋に近いことからその名がついたとされる。今の街並みは江戸時代、鴨川の河原に石積みの護岸が整備されその内側に形成され、歌舞練場が中程に設けられた幅狭の通りの沿道に、茶屋の町家が連なっている。この茶屋街は遊郭でもあった時期があり、現在の茶屋の街並みはその廃止後に整備されたので、建物は比較的新しい印象を受ける。
軒先に掛かるちょうちんに描かれた、三つの輪が重なる紋は、芸妓養成機関の成り立ちが寺社・花街・町家にあることからだそう。ちょうちんから下がる風鈴の音が涼しげで、二階に下がる簾とともに、初夏の涼感を伝えてくれる。先斗町や祇園界隈の花街に比べ観光客が少なく、町の風情を感じながら歩くならオススメの通りだ。途中の路地へ入りクランクした先は大和大路通で、沿道には京都ゑびす神社の一ノ鳥居が構えている。文字通り京のえべっさん・商売繁盛の社で、年初の「十日戎」は大阪や西宮と同様に、商売繁盛の吉祥笹を求める参拝客で賑わう。
恵比寿面と熊手が掲げられたニノ鳥居をくぐると、右手にさっそく恵比寿像が2体並ぶ。参拝は本堂の正面からのほか、左へ回りトントンと堂を叩き、すぐ先の恵比寿像へ願をかける方法も。恵比寿様は老体のため、耳が遠いからなのだとか。ほか鳥居の右にある、使い古したものを供養する財布塚と名刺塚がビジネスの神様らしい。名刺塚の碑文はパナソニックの創業者・松下幸之助の筆で、9月には不要になった名刺のお焚き上げも行われるのだとか。
軒先に掛かるちょうちんに描かれた、三つの輪が重なる紋は、芸妓養成機関の成り立ちが寺社・花街・町家にあることからだそう。ちょうちんから下がる風鈴の音が涼しげで、二階に下がる簾とともに、初夏の涼感を伝えてくれる。先斗町や祇園界隈の花街に比べ観光客が少なく、町の風情を感じながら歩くならオススメの通りだ。途中の路地へ入りクランクした先は大和大路通で、沿道には京都ゑびす神社の一ノ鳥居が構えている。文字通り京のえべっさん・商売繁盛の社で、年初の「十日戎」は大阪や西宮と同様に、商売繁盛の吉祥笹を求める参拝客で賑わう。
恵比寿面と熊手が掲げられたニノ鳥居をくぐると、右手にさっそく恵比寿像が2体並ぶ。参拝は本堂の正面からのほか、左へ回りトントンと堂を叩き、すぐ先の恵比寿像へ願をかける方法も。恵比寿様は老体のため、耳が遠いからなのだとか。ほか鳥居の右にある、使い古したものを供養する財布塚と名刺塚がビジネスの神様らしい。名刺塚の碑文はパナソニックの創業者・松下幸之助の筆で、9月には不要になった名刺のお焚き上げも行われるのだとか。
