
柳之御所跡から中尊寺通りまで引き返し、古民家の喫茶じゅげむを曲がりすぐ左手前に、池と島を配置したような園地が広がっている。無量光院は、平安時代末期に奥州藤原氏三代秀衡が建立した寺院。仏堂と広い苑地を設けた浄土庭園で、建物は現存しないが遺構は良好に残っており、特別史跡の指定を受けている。「吾妻鏡」にも記録されており、昭和27年の発掘調査で平等院鳳凰堂に似ていることが確認されている。
寺院のつくりは大きな池に2つの中島を配し、本堂と東中島の建物の中軸線上には金鶏山が位置し、4月中旬と8月末には本堂の正面側から金鶏山の頂上に夕日が沈む。この夕日が極楽浄土をイメージしており、北の都の完成系を象徴していたという。現在も平等院を模した池や三方に土塁が残り、開いている一方には金鶏山がそびえるのが見える。緑の陸部と池に浮く小島が、建物がなくても浄土の風景を十分に思わせる。
ここからは中尊寺通りを中尊寺まで目指して歩く。舗道がカラーになっており、道中には中尊寺通りを示す行燈もあるので迷わない。沿道には格子戸の古民家や水車もあるおやすみどころ、建具屋や材木屋などの店舗があり、どこも屋号の看板布幕を掲げている。参道の雰囲気を演出しているようで、職種の絵柄に合わせた顔出しになっているのが面白い。
途中の右手には、義経が自害した場所と伝えられる高館義経堂がある。頂上には義経堂があり義経像が祀られ、宝物館には武具や発掘出土品が陳列。高台にあるので北上川流域を見渡す景勝地だが、雨なので今回はスルーにて。では、中尊寺をじっくり攻めましょうか。