
天候を睨み合わせて、今日歩くのは平泉に。雨雲レーダーを見ながら合間を縫っての散策となるが、つわものどもが夢の跡、浄土思想の町だから、雨も世の果て感があってしっとりしてよかろう(←こじつけ)。
駅から毛越寺までの県道31号は「毛越寺通り」との愛称がついており、ゆるやかな登りだが歩道が広く整備されて歩きやすい。沿道の建物は景観条例で和風の外観になっており、飲食店ほか一般住宅に銀行、新聞販売店、建築事務所など、違和感なくなじんでいる。飲食店はそば、うどんの店ほか、韓国料理店で冷麺を売りにしているのも、岩手らしい。
右手に広々した芝生が見えてくると、毛越寺手前の観自在王院。建立は奥州藤原家二代基衡公の妻とされ、伽藍の跡と舞鶴が池を中心とした平安末期作の浄土庭園の遺構が、ほぼ完全に残っている。案内板そばの南門跡から左右に園地が広がり、奥には木々に囲まれた舞鶴が池が。その北岸に、大小の阿弥陀堂や鐘楼、普賢堂など伽藍の礎石が見つかったという。庭園の規模は90メートル四方あり、寺院の伽藍の規模からしても、毛越寺に匹敵する庭園だったといえる。
通りの南側には飲食店の狭間に高屋だった倉町遺跡があり、こちらも柱の位置を杭で示した園地がある。また毛越寺の土塁との間は、当時敷かれていた玉石も復元。観自在王院跡を含めていずれも拝観無料ながら、見応えのある大規模な史跡である。
この先の毛越寺へと参りましょう。