アールブリュット作家 犬塚弘さんを訪ねて。概要を担当の方に説明頂いた後、犬塚さんにも同席いただいた。氏の創作において凄いのは、何と言っても情報の収集力と記憶力。見ながら模写するのではなく、見て聞いて頭に刻んだことを描き出すのが、犬塚さんのスタイルなのである。

挨拶ののち、東京から来た旨を伝えたら、「澤乃井」をはじめ矢継ぎ早に東京と埼玉の銘柄が出てくるのはさすが。流れで長野の酒の話になり、諏訪の「真澄」が好きだと挙げたら、持参されてきたスケッチブックと画材一式を持ち出され、なんと目の前で描いてくださることになった。犬塚さん、道具へのこだわりが結構強く、ボールペンはジェットストリーム、マジックはマッキーなほか、36色の色鉛筆にクレヨンにスケッチブックも、いつも持ち歩く決まりのものを使うのだそうだ。

犬塚さんの絵のもうひとつの凄さとして、書き上がるまでわずか10分と早いことが挙げられる。鉛筆で一升瓶の外形をするすると型取り、中央に銘柄ラベルを仕切ってデザインを書込み。銘柄をマジックで太く書き込んだら、等級ラベルを書き上げて銘柄名のまわりを赤く塗り込んでいく。瓶を透明感ある薄水色で彩色したら、絵はできあがりだ。一瞬で記憶した情報だけを元に書いているから、線がなめらかで躍動感がある。迷い、無駄、やり直しはまったくなく、集中力すごく手が一切止まらないのも見ていて気持ちがいい。

そして犬塚さんの酒瓶画の真骨頂は、まさにここから。瓶の周囲の余白に、この酒の関連情報がびっしりと書き込まれていく。酒蔵名に住所、電話番号、分量ごとの値段など、これだけで十分な酒蔵情報になる精度である。目と耳から入ってきた情報はすべて描き切るのが、犬塚さんの作風のもうひとつの特徴だ。瓶とまわりの文字類のバランスが独特で、文字は文字情報としてではなく「画」と認識して再現しているから、字体も筆の流れもかえって現物によく似ている。

これらの文字は、本から得た情報や店頭に並んだ瓶を見て得た情報に加え、酒蔵巡りをした際には蔵元から聞いた話も全て記される。なので話の流れで出た蔵元の年齢や家族構成などまで書き込まれた「個人情報つき」になることもしょっちゅうなのだとか。犬塚さんはこれら全てを自身の頭の中に整理・記憶して描くため、かなりのエネルギーを使っている。無欲、かつただ好きだからできる能力とはいえ、早く書き上げるのはそれだけ集中力とパワーが必要だからとも言えるのだろう。

いよいよ仕上がりに近づき、書き込まれる文字を追うとなんと、自分の名前と住所が添えられていく。さっきの自己紹介を、もう頭に刻んでもらえているのだ。犬塚さんは酒瓶画のほかにも、色紙作りもお上手で、知り合った人へのお礼や祝いに、ラベルを貼り季節やその人との思い出を記して送っているそうだ。描いたものに対して相手が喜ぶのが嬉しいから、とのことで、言葉ではないメッセージながら覚えてもらえる側も嬉しい。

この様子は映像でも記録したので、おいおいアップします。では、普段犬塚さんが過ごしている各施設を巡り、作品への造形をさらに深めていきましょう。