笠岡のカブトガニ博物館の展示の中に、カブトガニの生息地や生態が紹介されていた。内湾に生息して沿岸の海底部でゴカイや貝を捕食するというから、シャコやアナゴやエビ類といった底引き網の漁獲と変わらない。世界で4種しかない希少種なことに加え、干拓や埋め立てによる環境悪化もあり、昭和46年に生息域の神島水道が天然記念物に指定された。が、サルエビやガサエビやシャコといった、見かけがインパクトある魚介が味覚になるこの海、条件次第では瀬戸の珍味となっていた可能性も、なきしにもあらずだろう。

笠岡は市街周辺には大きな漁港はなく、干拓して狭まった湾の周囲に小規模な漁港が点在している。博物館からの帰りに、干拓された細い湾を見ながら美の浜漁港へ寄ると、漁港は小さいながら中型の底引き船が停泊している。さすがにカブトガニはかからないだろうが、種々様々なエビや貝や小魚が水揚げされる賑わいを、ちょっと思い起こしてみる。

宿で軽く夕食を食べたが、魚どころだけにもう少し地魚を攻めてみたい。調べたら「魚串(ととくし)」というオリジナル魚料理を出す店が、駅の近くにある。その「ねぶと屋」の戸を開けると中は焼き物の煙で霞むほど。真鯛、カキフライ、特大メバル、タコ唐揚げママカリ酢漬けなど、瀬戸内定番の品々が、炉の後ろのボードを賑わせている。

魚串とは名の通り、瀬戸内をはじめとする鮮魚の串焼きで、その日の仕入れ次第で魚種はおまかせという。待つ間ボードを見直したら、博物館への行きのタクシー運転手が「まだ早く出回ってない」と言っていた、アナジャコがあるではないか。唐揚げを即オーダーすると、くるっと丸まった赤い背で、ヤドカリのようなザリガニのような愛敬がある。甲羅のバリバリ香ばしさ、たっぷりついた身の濃さは、漁開始間もない生命力に満ちているよう。エビの香味とジャコのほっこりさを足したような、瀬戸の甲殻類オールインワンの魚介である。

そして焼き上がってきた魚串はハマダイ、タチウオ、鯛で、ハマダイ以外は瀬戸内ものとお姉さん。味付けはそれぞれ素材に合わせてあり、鯛はバジル風味で香味と鯛の白身のガチ勝負。身のほのかな淡白さを、香草の青い香りで純粋に感じられる。タチウオはしっかり塩がしてあり、白身の乳製品甘さをグッと引き出している。伊豆もののハマダイは素材そのままの味で、キュッと締まった身のかむと出る旨みが後を引く。鳥でも豚でもモツでもない、これぞ瀬戸の串焼きだ。

瀬戸内沿岸の魚介は速潮と富栄養のおかげで、生息海域に応じた味の個性が強いという。唐揚げに魚串に味わった個性派魚介からすると、同海域のカブトガニも甲殻類的な味の想像がつくような気もする。そういえば天然記念物の指定は海域であって、カブトガニ自体ではなかったようだし…って、海の化石様に何という思いを巡らすことやら。