横浜在住、特に市南部在住の人には、金沢八景の地名は馴染みがあるだろう。江戸期にまだ界隈が大きな入江の頃の景勝地で、文字通り八つの名勝が数えられていた。平潟湾に野島、瀬戸神社など、なお残るゆかりの地もあるものの、埋立と宅地開発で現在はほぼ面影がなくなってしまった。

その八景発祥の場所は、金沢文庫駅から20分ほどの能見堂というお堂だ。芝の増上寺に所以がある地蔵堂だったが、建物は明治初期に焼失。現在は跡地に碑が残っているのみという。自宅からジョギングを兼ねて行ってみると、住宅地が途切れたところで「能見堂緑地」という森に出た。不動池には鯉が泳ぎ、あたりには名残の紅葉が広がるなど、ベッドタウンに隣接しているとは思えない閑静な佇まいである。

能見堂跡は展望地だけに、池からは尾根まで森の中を一気に登る。跡地の高台には「八景根元地の碑」が立ち、わずかに残る堂の石段や基礎の石組みが当時を偲ばせる。あたりはモチノキやヤブツバキなど、銘木が茂る園地になっており、駅から金沢動物園方面へのハイキングの休憩ポイントにもなっている。

説明板による金沢八景は、明からの渡来僧が故郷を偲んでここで詠んだ歌が始まりとあり、安藤広重が描いた浮世絵で広まったという。鎌倉方面へ向かう旅人にも評判の眺めだったようで、まだ周囲が入江の頃の絵図からは当地の景勝美が伝わってくる。

今は直下は工場群や住宅街など、金沢区の中心街が広がり、往時の名残は見る影もない。しかし遠く三浦方面の山並みの形やわずかに見える海の色に、いにしえの名勝・八景の一片を垣間見たような思いがする。