
神奈川名産で梅、といえば、小田原の梅干しがまず浮かぶだろう。酒匂川沿いの曽我梅林が素材の生産地だが、その一部で「杉田梅」という品種が栽培されている。果肉が厚く酸味が強いので梅干し向きなのだが、生産量が限られており「幻の梅」なのだという。
小田原近郊にありながら、その名の由来は横浜市磯子区の杉田である。もともと米や蔬菜の栽培に向かなかった土地柄から、天正年間に領主の間宮信繁が推奨したのが始まりで、江戸期には「杉田梅林」の名で観梅の名所として知られていた。最盛期には3万6000本もの梅林というと、現在の曽我梅林並みの規模だから、かなりのものだ。
「梅林」の地名はあたりに残っており、往時の梅林の中心に位置していた妙法寺には、広めの境内に梅の老木がいくつか現存している。シーズンには名木「照水梅(しだれうめ)」をはじめ50本の梅が一斉に咲き誇り、賑わった当時を思わせるという。境内には梅林の祖と言える、間宮信繁の墓碑も残っている。
宅地化の影響で、杉田梅の原木は駅周辺の民家など、わずか数本しか残っていない。梅の生産も当地では行われなくなったため、小田原の生産者によりブランドが伝承されているという訳なのだ。そんな背景ながら、地元商店街でも梅干しを取り寄せて扱ったり、ゆかりの品を考案するなど、この街が杉田梅のルーツであることを伝えようともしている。