稚内駅からやや先の北防波堤ドームは、立派な覆い付きの防波堤が目を引く。ギリシャ建築を思わせるような柱と曲面は、どこか優雅な建造物だが、すぐ裏側には北の荒海が逆巻く。最北の地という場所柄で漁業環境は厳しく、沖合の底引き網船は少しでもシケると操業できないという。都会ではお手軽に味わえる大衆魚のホッケも、こうした環境下で苦労して漁獲されていると思えば、これからの飲みの場で味わう際に気が締まるかも知れない。

そんな稚内のローカル魚が、地元の飲み屋ではどう扱われているのか、繁華街の仲通りへと繰り出していざ、検証。週末の夜なのに人っ子ひとり通行人がいない中、ゴウゴウと吹きすさぶ冷たい海風に煽られ、たまらず近くのビルの居酒屋「ふる里」へ。9月末なのにストーブががんがん炊かれ、寒かったでしょと奥へと通された。最北の地には、もう冬の声が聞こえてきているようである。

北海道を数日旅すればもはやおなじみの、サッポロクラシック中生に、ホッケを焼いてもらおうとしたら「ちゃんちゃん焼きにします?」。店頭の赤提灯にもその文字があり、名物ホッケ料理とあればぜひオーダーといきたい。焼けるまでのアテにしたハッカクの刺身は、弾力がありシャクシャク甘い。イカの沖漬けはさっくりしていてワタがこってり。それぞれで中生がすっかり進み、ちゃんちゃんは飲み後のご飯のおかずの様相である。

ちゃんちゃん焼きとは北海道の漁師料理で、開いた魚をまるごと鉄板にのせて野菜をたっぷり盛り、味噌と酒、みりん、砂糖をベースにした味付けで仕上げたものである。使う魚はサケが一般的だが、地域によってマスやタラを使うこともあり、ホッケのは稚内ほか利尻や礼文でも食べられているという。ほかキンキとかもちゃんちゃんが合うのよ、とおばちゃん。脂のある魚は味噌との相性がよく、向いている調理方法のようだ。

焼き台にのせられた真ボッケも、旬で脂のノリはすごいこと。使うのは一夜干しではなく、生のホッケなのがこの店のこだわりだ。開いたばかりだから網にくっついて焼くのが難しい、と話しつつも、片面焼き終えたらクルリ別の網に返し、サッとホイルにのせ、とさすが手際がいい。中骨を外して味噌をへらで全面に塗り、ネギを散らしたらクツクツと煮えてきた。味噌の甘さとネギの鮮烈な匂いが、実に食欲をそそる。

30センチのはさすがに大きいらしく、「これは食べ応えあるわ」とおばちゃんも驚きながら皿に盛り出してくれた。箸を入れると一夜干しのより身離れがかなりよく、スッと軽く抜けるよう。ポコッと離れた身に味噌とネギをからめ、一口でいくとしんなり柔らかい。味噌とネギとの相性が絶妙で、身に味がじんわり広がるよう。一夜干しは干して水分がとぶ分、締まって食感がしっかりするから、この柔らかさはまさに生ならではである。「一夜干しはおみやげ用。ここに来たら生のを食べなきゃ」と、おばちゃんが自信ありげだ。

昼の定食の一夜干しは半身を酒の肴に、半身を飯のおかずにしたが、これは全面をホクホクパクパクと一気に平らげ、ご飯もかっ込みながら同時に食べ切った。瑞々しい食感は居酒屋肴の詰んだホッケと別物で、水揚げ地ならではの味わいを堪能した思いがする。頭と中骨だけ残った皿を見たおばちゃんに、「これはきれいに食べたわね」と褒めてもらったのが、ホッケの「聖地」にての勲章のような気分である。