デニーズは横浜の上大岡。すかいらーくは都下の国立。飲食店チェーンの本店や1号店、俗に「聖地」と呼ばれる店は、意外に大都市から離れた立地で地味な店構えなことが多い。郊外や地方の小店から築き上げ、店舗を展開してトップブランドになる。数百軒を達成したり銀座に出店したりのサクセスストーリーのルーツの店、ともなれば、遠方でも小さくても古くても、聖地と呼ばれる格式があるというものだ。

空前の羊食ブームもあり、今や銀座や赤坂に店を構える「まつじん」こと松尾ジンギスカン。ルーツはもちろん北海道で、札幌駅前すぐにもカフェレストランと見まごうようなしゃれた店舗を構えている。道都にあるここが本店かと思えば、さにあらず。駅から特急で1時間ほど北上した滝川という町にあり、ガランとした駅前からシャッター通りの商店街を抜け、だだっ広い道路に民家が散見される寂しげな中を歩くこと15分。「本店」の文字が照らされた看板が屋上に据えられたややレトロなビルが見えてくると、いささかホッとする。

建物は年季が入っているが、中は流行りの焼肉レストラン風のきれいさである。半個室の席に通されると、1人前の肉と野菜がすでに配されていた。泊まった市街のビジネスホテルにここでの夕食のセットプランがあり、さすが聖地の町。兜鍋の周囲にまず野菜を並べ、ざっと蒸し焼きにしてからタレをかけ回し、頂上部に肉をのせて焼き始めだ。タレは当地のリンゴや玉ねぎを使用、つけダレではなく鍋の淵で野菜やうどんを煮る用で、「すき焼きの要領で味わって下さい」とおばちゃんがレクチャーしてくれる。

北海道のジンギスカンには、地域によりふたつの流儀がある。生肉をそのまま焼いて、食べる直前にタレにつける「生ジンギスカン」と、つけダレに浸しておいた肉を、焼いたらそのまま食べる「味付けジンギスカン」。前者は主に札幌や十勝、後者の発祥がここ滝川とされている。当地の流儀に従い、火が通った肉をそのまま口へ。かなりソフトでジューシー、脂のこってり感がないシンプルな赤身肉の印象だ。ほんのり色が変わったぐらいだと澄んだ肉汁が楽しめ、しっかり焼き目でいくとサックリと香ばしさが立つ。羊の独特な香りはあまりせず、むしろ牛豚鶏よりもクセがないほど。たくさん食べられるアタリの穏やかさが、食べ放題にはありがたい。

てんこ盛りのひと皿は軽く片付き、ふた皿目はハーフほどにして追加。腹にたまってきたら、鍋まわりのモヤシやネギや玉ねぎを肉でくるんで一緒にいくのもコツだ。クタッとした野菜とひたひたに染みたタレが、食感を軽くし味付けを新たにする。まさに羊のすき焼き風でもあり、ニンジン、ピーマンほかカットポテト、さらに紅白餅が添えてあるのはご当地流なのか。

鍋の淵に溜まった肉汁で味がついたタレで煮込んだうどんが、赤黒く甘辛い絶品の締め麺となる。くたった野菜と残った肉とともにズッとすすり、口直しにたくあんでさっぱりしたらごちそうさま。周囲は外食の家族連れ、仕事明けのサラリーマン、若い客の飲み会など、平日の夜ながらほぼ地元客で賑わっている。札幌と旭川の間のありふれた地方都市で、地元に浸透した普段使いの店。ここは大都市ブランドのまつじんではなく、タレ漬けの羊焼肉を北海道に広めた松尾ジンギスカンの「聖地」なのを、再認識した思いがする。