今宵は品川・あきた美彩館での白神地域の食材を堪能して、十二分に天下泰平なのだが、この後仕事先の先輩にえらい店に連れてってもらった。日本酒の古酒を出すバー「酒茶論(しゅさろん)」は、長期熟成した日本酒を専門に扱う店。日本酒を寝かす、という概念はあまりないが、しっかりしたボディの酒はワインやウイスキーと同様、新酒にない世界を展開することを思い知った。

店は庶民派居酒屋ではなく小洒落た雰囲気で、大将じゃなくってマスターの上野さんの勧めで、未開の日本酒ワールドにいざなわれる。ボトルも風味もまるで高級ブランデーのような、福井は勝山の「一本義」97年もの。アルコール8%と軽く酸の香りと味が体によさげな、伊賀の「黒松翁」の古酒。いずれも強烈な個性とどっしりしたボディに、こちらも構えて受け止めるぐらいの力強さを実感する。繊細でたおやかな印象の日本酒だが、長期熟成に耐えるとここまで奥深くこなれるものとは。

マスターは日夜、日本酒の熟成や古酒の文化を広めたいと尽力していらっしゃる。が、これが定着するには製造側と消費する側それぞれの意向もあり、なかなかハードルが高いという。日本酒は一般的に、晩酌に代表される普段使いの酒な一方、「嗜好品」のジャンルでのハイエンド化もありで、古酒はそこに位置するカテゴリーとなれるのでは、と力説される。ワインでいうロマネコンティ、スコッチではロイヤルサルートらへんのポジションに、これら古酒が位置するようになれば、日本酒文化の奥行きもまた広がるのかも。

古酒を水代わりに仕込みに使うという貴醸酒は、平安期には飲まれていたという。その広島は音戸の「華鳩」で芳醇な薫香ですっかり満悦となり、今宵はさらに天下泰平なり。普段使いの乗り換え駅前に、これはかなりヤバイ店を見つけてしまったようだ。