周防大島へ渡る大島大橋から眼下を臨むと、大きな渦が三つほど巻いているのが見えた。海の難所、大畠瀬戸では、干潮時に現れる渦が時に関門となり人や物流を隔て、時に推進力となり力を貸した。この自然の力と共存しながら、島や周囲の人々は速潮の瀬戸の暮らしを営んできたのだろう。

 瀬戸に沈む夕陽を拝み、夕食は橋を渡ってすぐ、JR大畠駅前の料理旅館『海月』でいただいた。膳に並ぶ料理は「全部、近海でとれた旬の地魚」と、おかみさんが胸を張る。刺身の鯛とハマチ、ぬたのハモとタコは大畠瀬戸の早瀬にもまれ身が締まり、はじけるような歯ごたえと澄んだ甘みがたまらない。

 煮付けは地元で「ガシラ」と呼ばれるメバルで、小ぶりだが身がホコホコに厚く、甘めの地醤油が淡白さを引き出す。ホゴメバルといい、沿岸の磯でとれるという。もうひと皿は「ギザミ」と呼ばれるベラで、素揚げにしてから酢でしっかり煮た、酢魚という料理。あっさりながらやや磯香がする白身が、南蛮漬けのような洋風の味わいに仕上がり、地元で子どもに好まれるのも分かる。ギザミは青ギザミという種類で、港から袋入りでぶら下げて運んできても、ピンピンしているほどのイキの良さ。身が極めて淡白なため、酢魚は本来身が甘いガシラのほうが向いているそうである。

 おかみさんによると、周防大島近海の漁は6時半ごろ出漁して昼頃帰港。ハモは大畠瀬戸の先で延縄漁で、あとは釣りでの漁がほとんどという。一本釣り漁の鯛の餌は地エビの赤エビで、どんなエビか聞くと「これよ」と差した先にエビのかき揚げが。とれた獲物は生簀に入れておき、3日ぐらい置くと味が良くなるそう。「今日は鯛が1枚、ハマチが7枚揚がったので、刺身に出したよ」とおかみさんが話すように、生簀で食べごろの魚と、とれたて新鮮な魚が卓を賑わすのだから、何と豊かなことだろう。

 分厚い鯛の塩焼きの切り身で締めごはんをかっこみ、鯛のアラとハマグリの味噌汁をいただけば、もうすっかり満腹。かつての海の難所も、絶品の魚介を育むと思えば、速潮の地魚たちの味わいもひとしおかも。