山陰を旅行していて温泉宿に泊まると、夕食の膳にはほぼ確実に、ズワイガニのカニ足のボイルが並ぶ。さすがは超ブランドローカル魚介・松葉ガニの本場、と言いたいところだが、近海地物の松葉ガニは一杯で軽く3万円近くする上、解禁は11月に入ってから。なら9月の1泊1万5000円クラスの温泉宿で出るカニの素性は…。

 この手の詮索は野暮なので控えるけれど、その一方で最近の山陰ではこの時期、旬のベニズワイガニの方を売りにする動きが出てきている。大きさは六掛け程度で値段はゼロひとつ少なく、身肉に水分が多めなことで、松葉ガニより格下に見られがちだった。それがかえって、瑞々しさと甘い食味、手頃な値段で、別物としての評価が高まっているという。

 松江から境港に向かう途中、手前の中海に浮かぶ大根島の「由志園」でいただいたのは、ベニズワイガニの茶漬けだ。ベニズワイガニのほぐし身と各種薬味を、好みで茶碗めしの上にのせ、だし汁をかけまわしていただくもの。軽くゆでたほぐし身に、カニの身がついた甲羅をあぶってとったダシをかけると、甘みが膨らみカニ独特の香ばしさが際立つ。薬味の中でも、寒天で固めたカニ味噌が味の秘訣。ダシをかけるとトロリと溶け、カニの風味がよりふくらむこと。

 境港は今や、水木しげるゆかりの妖怪の町として全国区だが、その前はベニズワイガニの水揚げ屈指の漁港で通っていた。この数年、水揚げ量は日本一で、解禁は9月だから今はまさに走りの時期。そのシンプルさから境港の漁師料理かと思いきや、この店が考案したオリジナルとか。

 地元ならではのベニズワイガニ料理が増え、庶民派なローカル魚介として定着すれば、時期外れや予算不足で松葉ガニに手が届かない旅行者も、充分満足できるはず。件の温泉宿も「ともかくズワイガニ」より、宿泊費相応で旬の地物ガニでいいと思うのだが。