紀伊田辺の駅前には、「味光路」と名付けられた飲食店街が広がっている。細い路地が錯綜し、小振りの飲み屋やスナックがひしめき合うよう。200メートル弱四方に、総軒数は200軒あまり。駅のすぐ前にこれだけの数、規模の飲屋街があるのは、魚どころの面目か、熊野古道終点の精進落としか、単に飲んべの多い土地柄なのか。

 ホテルのフロントで聞いたところ、ここの飲み屋はみな、目の前の太平洋で揚がった魚介を田辺の魚市場から直送で仕入れていて、気に入ったところに入ればハズレはない、と自信満々だ。ぶらぶら歩いていると、路地のやや奥に煌々と明かりが灯る店があり、湯上りの親父やカップル、家族連れなど、地元客がどんどん吸い込まれていく。

 押されるようにこの「しんべ」の扉をくぐると、沸き返る熱気にビックリ。親父さんがひっきりなしに入るオーダーを元気に受け、ダミ声で指示される女将、姉さんも、元気では負けていない。大衆居酒屋ならではのパワーが、店内いっぱいにあふれ返っている。

 まずはビールと、つくり盛り合わせを地物ならではで、と頼むと、おばちゃんが「今日は何があるの?」と親父さんに尋ね、「おう、どれもそうだ」と威勢がいい返事が。4種盛りはタコブツ、立イカに、赤身はマグロの子のヨコワで、白身もカンパチの子のシオ。ともに若いだけに、成魚の脂のトロ甘さに足りない分、淡く若々しい青年らしい味か。

 そして紀州といえばマグロに並び、カツオも人気のローカル魚。モチガツオのつくりは旬が終わり品切れで、ならアラづくしとし、アラ煮とハランボ焼きを頼んだ。アラは中骨など各部位を大雑把に煮付けていて、骨だらけの身をしゃぶるのが手間だが、めちゃ濃い漁師味がビールに合う。ハランボは脂が最ものったハラミだけに、プンプン香る脂臭さがたまらない。

 勢いに乗り、締めご飯もカツオづくしに。ご飯にカツオの刺身をのせ、熱々のだし汁をかけまわしていただく、当地の郷土魚料理カツオ茶漬けである。この店では刺身でなくぶつ切りを使うため、外は角煮のように煮え、中は半生。たたきの変形版のようでもあり、刺身と煮えて旨味が活性化した身の、二倍美味しい茶漬けだ。薬味は南高梅の産地らしく、刻んだシソでさっぱりと締められる。

 品数からして5000円を超えるかと思ったら、3000円ちょっとなのも驚きで、「味も値段も東京とは違うよ」と親父さん。今度はモチガツオを食べに5月においで、とのお誘いを、威勢に押され受けてしまいそうだ。