
相馬駅に到着してバス乗り場へ向かうと、松川浦へ向かうバスの発車まで1時間はある。すでにあたりは薄暗く、仕方なくこの日泊まる『旅館いさみや』へ遅くなる旨を電話で告げると、親父さんがクルマで迎えに来てくれることに。車中で、松川浦ではこの季節、どんな魚がおいしいのか尋ねたところ、「今の時期は何でもうまい。カレイはナメタにマコ、スズキや鯛もとれるしホッキ、シャコえびも。アンコウは旬だし…」。宿へ向かう道中、魚談義は延々と続いた。
福島と宮城の県境近くに位置する相馬市・松川浦は、周囲30キロ弱の潟湖で、湖に隣接する原釜漁港は、県内随一の漁獲量を誇ることで名高い。ここは金華山沖の好漁場を控えているため、沖合底引網を中心とした沖合漁業をはじめ、船曳網漁業や刺網漁にかご漁業といった沿岸漁業、さらに松川浦での海苔養殖など漁業形態はかなり幅広い。だから親父さんの話の通り、水揚げされる魚種も多種多彩だ。6~12月のホッキ貝、9~10月のサンマとサケ、冬場のタラにカレイ、アンコウといったところが主要な漁獲だが、「網に掛かったら放るほど、天然物がたくさんいる」というカキや、日本有数の水揚げ量を誇り、何と本場の北陸にも送られて「越前ガニ」として売られているズワイガニなど、豊かで興味深い魚介の数々に驚くばかりである。

いさみやの料理は地魚盛りだくさん。右はユニークな魚体のドンコ
そんな中、親父さんにあえておすすめの地魚を挙げてもらったら、返ってきた答えは「ドンコ」。水深100~300メートルの、深海の岩礁域に生息する30センチぐらいの魚で、主に底引網で漁獲されるという。飛び出た目に大きな口と少々不細工だが、上品な白身と濃厚なキモがとても旨く、鍋物や煮付けで頂くと最高、しかも安いと親父さん。鮮度落ちが早いためほとんど地元で消費される魚だから、まさにこの土地でしか食べられない味なのだろう。
松川浦の潟湖に面した「いさみや」での夕食にも、こうした地魚料理を期待したところ、卓についてまず目に入ってきたのは毛ガニ。これはさすがに北海道のものでは、と思いきや、驚いたことに松川浦沖での底引網漁の主な漁獲という。今朝とれたのを、生きたまま塩だけでゆでました、との仲居さんの話を聞きつつ、ほぐした身を甲羅に入れてたっぷりの味噌と一緒に食べると、これがなかなか。身のツルリとした食感の後から、味噌の味がこってりと、淡白な身の味わいを引き立てる。
ほかにも甘味が強いタコの頭のボイル、程良く脂がのった鯛に厚くシコシコした歯ごたえのホッキ貝といった造り、また松川浦特産の、磯の香りが香ばしい青海苔の天ぷらなど、多彩な地魚料理はさすが、どれも味が深い。そして仲居さんも、「ここまで食べに来る価値がある味です」と話すドンコの煮付けに箸をつけ、たっぷりついた白身をひと口。
やや粘りがある舌触りが独特だが、味の方は見た目の奇抜さからは思いもよらず上品だ。かなりあっさりしているから、煮汁をよくからめて頂く。一方、クリーム色をしたキモは対照的に、例えれば鳥のレバーのような滋味あふれる濃厚な味わい。毛ガニ同様、身と一緒にキモとほろ苦いワタも頂くと、豊かな風味がさらに広がり何ともいえずいい。身とキモを平らげ、尾の身やくちびる、頬、頭の身もつまんだらこちらは味がしっかりしていて、気が付くと中骨と頭の残骸以外、すべて食べてしまっていた。

松川浦の湖口にある原釜漁港。鮮魚のセリはかなり大規模でにぎわう
ドンコや今夜食べた魚は、朝7時頃漁港に行けば水揚げを見られる、と親父さんに聞き、翌朝は早起きして宿の自転車を借りて、原釜漁港を目指した。潟湖と海がつながるところに架かる、松川浦大橋のたもとにある漁港に着くと、場内はすでにたくさんの人と魚でごった返している。ひっきりなしに接岸する漁船から、水揚げされた魚を大樽で運ぶ人、それをセリ場の片隅で仕分けする人、真剣な目で買い付ける人など、早朝なのに大変な賑わいだ。女性の姿が目立ち、みんな薄化粧をしているよう。市場で働く女性のきりっとした表情は、とても清々しい。
水揚げの手を休めたおばちゃんによると、中型船は主に刺網漁の漁船で、漁場は比較的近く毎日15時頃に出漁して沖に網を仕掛け、夕方から夜中にかけて網を上げに行くという。一方、大型船は主に底引網漁の漁船で、漁場はやや遠くズワイガニや毛ガニ、アンコウ、カレイ、ヒラメ、タラが主な獲物だそう。今が旬の魚を尋ねたらいさみやの親父さん同様、「何でもとれるよ。カレイ、ヒラメ、スズキ、タコ…」。中でも、おばちゃんおすすめのイシガレイとマコガレイは、11月下旬から1月にかけて、産卵のために卵が大きくなりおいしくなるとのこと。相馬では、年越しにカレイの煮付けを食べる風習があり、まさに年の瀬を感じさせる魚か。


左上から時計回りにミズダコ、ズワイガニ、ドンコ、アンコウ。すべて冬が旬の地魚
この原釜漁港の大きな特徴は、「常磐もの」と呼ばれる活魚の出荷割合が高いことである。漁港に隣接した積込所からは、トラックが夜のうちに出発し、築地や名古屋には早朝に届くため、鮮度の良さは文句無し。それだけに活魚のセリ場は充実していて、天井から空気ポンプの管がつながった、風呂桶のように大きな水槽がずらりと並び圧巻だ。あふれた水で一面水浸しの場内に一歩入ると、靴が中までびしょぬれになってしまった。そんな中で奮闘するおぱちゃんによると、活魚は主にセリで取引され、今はアンコウが特に高値とか。底引網が盛んな松川浦では、アンコウは夏場を除いて通年漁獲されるため、漁獲量も全国でトップクラスという。
宿で自転車のほか長靴も借りれば良かったな、と思いつつ、今度は鮮魚のセリ場へと移動。手鈎で箱を引っ張る人や魚を運ぶ台車が忙しそうに往来しており、追い回されながら進むと、広い場内一面にずらりと並ぶスチロールの箱が目に入ってきた。中は大小のカレイやタラといった旬の魚が多く、ほかにもサバやイカ、スズキ、アンコウなど、箱ごとに魚種や数は様々。ちょうどこの日に解禁になったズワイガニも、小振りだが篭に詰められて並んでいる。さすが、沿岸漁業では日本有数の水揚げを誇る漁港だけある。
大樽いっぱいに入ったドンコを眺めていると、潟湖付近の近海で延縄で釣ったヤツだから、漁場が遠い底引網でとったのより鮮度がいいよ、と下見中の仲買人が声をかけてきた。ちなみに鮮魚は活魚と違って入札が中心なので、仲買人が下見した後に金額を書いた緑や黄色の紙を、魚が入った箱に置いていく仕組みとか。
場内がさらに活気を帯びてきたので、邪魔にならぬようそろそろ退散。宿へ戻る途中、原釜漁港で水揚げされた魚を販売する「水産直売センター」に立ち寄ると、「相馬産」と表示されたタコにカレイ、キチジ、イシモチなど、ここにも地魚がずらり。毛ガニや、今日解禁のズワイガニもすでに並んでいる。店頭に掲げた「たま子ちゃん」と染め抜かれた暖簾につい、足を止めたら、この『松本魚店』でつかまってしまった。
「味見てってごらん」と、どんどん差し出されるタコにツブ、筋子などを食べつつ、勧められる品々に生返事をしているとさっさと箱詰めされ、「はい2500円」。つい苦笑したが、ツブにイシモチ、甘エビなど、かなりおまけしてもらった様子だ。盛りだくさんの箱の中身はそのまま、松川浦の豊饒な漁獲を物語っているようだった。 (2003年12月中旬食記)

常磐ものを揃える活魚のセリ。右は松本魚店の店頭