【奥久慈しゃも】
■種別 銘柄鶏
■系統・掛け合わせ (名古屋種×ロードアイランドレッド)×しゃも
■生産出荷元 農業組合法人奥久慈しゃも生産組合

 郡山を後にした列車の車窓は、田園風景を走り抜けながら小さな集落をいくつか通り過ぎ、たまに小高い峠を越えて、と、のどかな風景が移り変わっていく。列車に乗り込んだのが昼ごはんの直後ということもあり、一定のリズムを刻む揺れのおかげでつい、うとうと。しゃも食べ行脚の心地よい午睡から目覚めると、いつの間にやら県境を越えたらしく、線路に沿うように滔々と流れていた阿武隈川が、久慈川上流域の急峻な流れへと、その表情を変えていた。
 水戸と郡山を結ぶローカル線の水郡線は、川俣しゃもを味わった福島県の郡山市を起点に、奥久慈しゃもの産地である茨城県の大子町を経由して、水戸までを結んでいる。「久慈川せせらぎ線」という愛称がついているけれど、「磐城常陸しゃもライン」なんてほうが、自身の旅のイメージには合っているようだ。

 

水郡線の常陸大子駅。ローカル線だが近代的車両が走っている

 大子町の玄関口である常陸大子駅へは、郡山駅から1時間40ほどで到着した。駅の周辺には食堂や旅館が数軒集まり、駅前には観光案内所も設置されている。街歩きの情報を求めて立ち寄ってみると、名所旧跡や温泉のパンフレットに混じり、しゃも料理を味わえる店の案内マップが。奥久慈しゃもが地元の名物地鶏であり、かつ重要な観光資源にもなっていることがうかがえる。
 マップを片手に歩き出した通りは、栄町通りから泉町通りへと続く商店街で、久慈川に向かってまっすぐに延びている。古くは栄えていたらしく、歩いていると立派な土蔵のある店、すすけたそば屋、古い木造旅館風の食堂、蔵を利用したうなぎ屋など、歴史を感じさせる重厚な店舗が軒を連ねる。
 店頭に奥久慈しゃもの幟がはためく店も見かけられ、「奥久慈しゃもの店」との木製看板が掲げた中華料理店や、大衆食堂風の店も。マップによると、しゃも料理を扱っているのは定食屋、とんかつ屋、中華料理屋、割烹などジャンルが幅広く、料理の方もしゃも鍋をはじめ唐揚げ、丼もの、弁当にラーメンなど、庶民的な料理もあるよう。ちなみに通りの中ほどで肉屋とスーパーを見かけ、地元の人が普段使いしているのかとも思い、冷蔵ケースを覗いてみたが、さすがに奥久慈しゃもは扱っていなかった。

  
  

常陸大子駅前の商店街の風景。奥久慈しゃもの幟や看板も見られる。右下は久慈川の下流方面を遠望する

 この大子町を中心とする奥久慈地域が、茨城県を代表する銘柄鶏、奥久慈しゃもの生産地である。「山のとり肉」とのコピーもあるように、山間部ならではの寒暖の差が激しい気候の下、野外でしっかりと運動をさせ、餌には飼料以外に穀類や青草も与えるなどして、手間隙かけて飼育している。商店街を抜けたところの、久慈川にかかる松沼橋からは、広々した流れの向こうに八溝山方面の山々が、連なるのが遠望できた。この県北の山あいの豊かな自然こそが、奥久慈しゃもが生まれ育つ原風景なのだろう。
 橋を渡ったところには、日本三名瀑のひとつ、袋田の滝への案内板が立っていたが、片道6キロでは少々遠い。街歩きは切り上げて商店街へと引き返し、通りの外れで昔ながらのたたずまいの料理屋を見かけたのを思い出し、蔵造りの料亭『割烹 弥満喜』の暖簾をくぐる。レトロな商店街を歩き、奥久慈の自然にちょっと触れた後で、蔵の片隅に落ち着いて銘柄鶏で一杯、も悪くない。

 

土蔵造りの弥満喜の店構え。妻部からは明かりが差し込んでくる

 店頭に掲げられた品書きには、大子の地元の食材を使った料理が楽しめる、とあり、もちろん奥久慈しゃもの料理も充実。おばちゃんに通されたテーブル席から上を覗くと、高い天井が蔵造りならでは。妻部の窓越しに青空がちらりと覗け、午後の陽が柔らかく射し込んでくる。由緒ありげな建物のいわれを聞いたところ、建物は戦前ぐらいのものらしく、戦後にこの場所に越してきたという。
 この日は銘柄鶏を1日に2銘柄はしごするので、昼は親子丼、夜は鍋と違う料理を試すつもりだ。が、この店のしゃも鍋は、2人前からの受付とのこと。「すべての部位が入っているのでおすすめだけど、おひとり様にはちょっと多いかもね」と話すおばちゃんに、ひとりでもオーケーなおすすめがないか尋ねたところ、「では、特製上しゃも親子丼は?」。
 これではお昼とかぶってしまうので、結局奥久慈しゃもの串焼きを、各種盛り合わせてもらうことにした。焼き鳥ならばビールに、と、壁に貼られたポスターでおすすめの地ビール「やみぞ森林(もり)ビール」を頼んだところ、こちらはあいにく品切れと、どうもオーダーがうまくかみあわない。

 高さがある空間に、80年代のニューミュージックがゆるゆると反響する中、時折板場からのジャーッ、パチパチという調理音が混じる。そんな中で、大子に蔵がある地酒「八溝冷水」の冷やを、先にちびちびやりながら待っていると、串焼きが運ばれてきた。手羽先、ムネ肉、すりみ、ムネ中、レバー、モモの六種盛りで、塩で仕上げてあるが薬味に辛味噌も添えてある。
 まずはムネ肉からグシッといくと、ゴチッ、グニッと固く弾力がすごい。断面はほんのりピンク色のレアぐらいで、まるで生鶏を食べているような迫力。野性味ある香りも強く、グシグシかむとザッ、ザッと、鶏の香味が口いっぱいに広がる。まるで鶏の生気、息吹を、そのまま取り込んでいるような味わいだ。皮の部分に脂肪のほんのりした甘みがあるが、全体的に淡泊な風味が特徴らしく、すりみも瑞々しくあっさり。高タンパク低脂肪どころか「ノー脂肪」のような軽さか。
 一方で、見た目がムネ肉と変わらないモモは、淡白な上品さに肉汁と脂の甘みがバランスよく加わり、かむとジュッと染み出すのがうれしい。皿に染み出た脂もからめていただくほどで、香りがムネ肉よりも良く、野趣が控えめな分食べやすいかも。そしてあまり聞いたことのない部位、ムネ中は、「モモとムネ肉のいいとこどり」とおばちゃん。ザクザク、バチバチのかみ応えと、たっぷりの脂の上品な旨みがともに主張して、おばちゃんが言う通り絶品もののうまさである。

 

左が歯ごたえのあるムネ肉。右は味に深みのある手羽先

 野生の鶏の味わいに近い、荒っぽく粗野な風味。これが奥久慈しゃもの食味の大きな特徴だ。原種をたどるとこの銘柄鶏も、タイ原産のしゃもにたどり着く。闘鶏用で味がいいが気性が荒く、集団で養鶏するのは難しいため、しゃものオスとおとなしい性質を持つ鶏のメスとを掛け合わせ、飼育しやすくしたのが奥久慈しゃもである。
 このあたりは、しゃもを原種とする他の銘柄鶏でも聞く話だが、しゃものオスと掛け合わせたのは、名古屋種とロードアイランド種を掛け合わせたメス。つまり奥久慈しゃもは、日本を代表する地鶏のひとつ、名古屋コーチンの血もひいているのである。地鶏や銘柄鶏の味を競う「全国特殊鶏(地鶏)味の品評会」で、第一位をとったことのある経歴も、この血筋からすると伊達ではない。
 低脂肪で適度に脂がのり、引き締まって歯ごたえがしっかりした肉質は、飼育日数の長さによる。出荷まではおよそ120~160日と、ほかの銘柄鶏と同様、普通の養鶏の3~4倍かけて育てられている。また骨太で丈夫なため、ガラから出るスープのボディがしっかりしているのも、奥久慈しゃもの特徴のひとつ。鍋のほかにも丼やラーメンが名物料理なのは、この特性を生かしているからかも知れない。

 四種の部位を味わって、肉の実力が概ね分かったところで、残る二種はアラとモツ。手羽は、歯ごたえ抜群だったムネ肉の骨付き部だけに、ガシッとかぶりつき、思い切りひいて、ガシガシとかみまくる。味はムネ肉よりやや濃く、関節の可動部位だから味は深い。血がしたたるようなレバーは口の中でブシッとはじけ、クリーム状の身は意外にすっきり。
 粘りある舌触りのあとに苦味がほんのり、と思ったら、この苦味が最後にバッときてうわっ、となるほどきつい。奥久慈しゃもの野性味が最も強烈なひと串で、数片だけで充分満足。奥久慈しゃもは部位によって、野性味が強いところと洗練で淡白なところが、極端に分かれるようだ。
 串焼きをほぼ平らげたところで、冷酒が若干残っていることもあり、手の加わった料理も試してみようと、しゃも朴葉焼きを追加してみた。味噌の甘ったるい香りと、軽くあぶって瑞々しい鶏肉が相性抜群で、シメジ、エノキ、クルミといった山の味覚と朴の葉の青臭さが、山里料理の趣をかもし出す。キャッチコピーの「山のとり肉」らしい料理である。

朴葉焼きは、飛騨高山の朴葉味噌に似た山里料理らしい一品

 おばちゃんは客の相談を受けて、街で今から泊まれる宿の手配をしており、自分にも今夜の宿はどうするの、と勧めてくれる。袋田温泉あたりでゆっくりするのもいいが、これから水郡線の旅の終点、水戸へ向かえば、まだ特急を乗り継いで今日中に帰れる時間だ。しゃも料理2品を肴に、「八溝冷水」の瓶が1本空になったところで席を立ち、「今度はお仲間と一緒に、ぜひしゃも鍋を食べに来てくださいね」と、おばちゃんににっこり見送られて、日が沈んで薄暗くなり始めた商店街を、足早に駅へと急いだ。
 締めのご飯を食べなかったのは、常陸大子駅には奥久慈しゃもの駅弁があると聞いていたから。列車に乗る前に、製造元である駅前旅館の「玉屋旅館」へと寄ってみた。数が限られているため、この時間ではもう売り切れか、と心配していたところ、なんと「今、作るからちょっと待っててね」とのことだった。

旅館玉屋の奥久慈しゃも弁当。できたての温かいうちにいただける

 この駅弁、駅弁なのに、今は駅での販売はしておらず、注文に応じて調製するオンデマンド方式をとっている。あらかじめ予約をしておけば、列車の到着に合わせてホームまで持ってきてくれ、列車の窓越しに渡してくれるという。使っている鶏肉はもちろん、正真正銘の奥久慈しゃも。そのできたてホカホカを食べられるのだから、実に贅沢な駅弁である。
 車内で包みを開いてみると、焼いたしゃも肉がご飯からはみださんばかりにたっぷりのり、豪快そのもの。まだほんのり温かいのをいただくと、肉の歯ごたえは強いが串焼きで食べたのよりはしっとりしている。いつしか真っ暗になってしまった車窓をよそに、ご飯をかっこみながら、大振りの肉をグイグイ。しゃも食べ行脚のローカル線の旅の締めくくりに、銘柄地鶏の駅弁が、なんともいえず似つかわしい気がする。(2009年3月20日食記)

【参考サイト】
 茨城県HP「発見!いばらき」 
http://www.pref.ibaraki.jp/discover/products/stock/03.html
 茨城県大子町HP  http://www.town.daigo.ibaraki.jp/k_s_info/spot/busan_mikaku/syamo/index.html