銀座の事務所で仕事をする際には、最寄り駅である東銀座駅で下車、晴海通りの直下を通っている地下通路を延々と歩いて、銀座インズあたりで地上に出るのが、定番の通勤経路となっている。その途中、晴海通り直下から外堀通り直下に入ったあたりで、いつもいい香りが漂ってくる一角がある。
 香りの元はカレースタンドで、真っ赤な地色に黄色い丼のイラスト、そこに『カレーのからなべ屋』の店名が記された、鮮やかな看板が目を引く。長めのカウンターが1本のみの簡素な店だが、地下通路のちょうど中央寄りを囲うようにして店舗が設けられているため、いつも香りをかがされつつ(笑)店の脇を回りこんで通勤する、といった感じなのだ。
 お昼前に仕事に向かう際など、何度この魅惑的な香りに後ろ髪をひかれたか知れないが、不思議とこれまで入ったことがない。場所は地下鉄銀座駅のすぐ前と、おそらく日本中のカレースタンド随一の、恵まれた立地。そばを通る際はいつも満席状態で、込んでいる店、という先入観があったせいかもしれない。

 で、初めて「からなべ屋」を訪れたのは、通勤途中ではなく、遅い昼飯をどこで食べようか、と思案していた時だ。銀座界隈は、ランチタイムを外すと食事ができる店が意外に少なく、カレースタンドなら中途半端な時間でもやっているし、かえって空いているかも、とやってきた。
 思ったとおり、15時過ぎという時間もあり、カウンターにはお客の姿はひとりだけ。カウンターの向こうにも、担当のお兄さん一人だけで、食器を並べ直したり、棚の整理をしたりと、所在無げな感じだ。ちょうど背中合わせになっている後ろ側は、回転寿司の店になっていて、そっちのほうがお客の数が多いようである。
 食券の自販機でオーダーを決めようと見たところ、一番安いカレーは何と、370円。「野菜カレー」とあるから、肉は入っていないようだ。ほかのボタンにはメンチカツ、チキン唐揚げ、ビーフ角煮、卵などのトッピングが種類豊富なので、好みに応じてこれらを追加していく仕組みなのだろう。面白いのが、ぶつぎりナスやゴロゴロポテト、野菜ミックス、オニオンリングなど、野菜のトッピングのバラエティが豊かなこと。うまく組み合わせれば、なかなかヘルシーなカレーになりそうだ。


カウンターだけのシンプルな店内。奥が食券売り場

 財布の中身が心許なく、今日のところはベーシックな野菜カレーと、トッピングは1品だけ、と熟考。ほかにない野菜もののなかから、オニオンリングを選択した。お冷やグラスや付け合せの瓶がごちゃっと並んで、狭いカウンターについて食券を出すと、「辛さはいかがしましょうか」とお兄さん。中辛と辛口の2種類があるそうで、2段階ならなぜ甘口と辛口じゃないのかな、と不思議に思いつつ、辛口をお願いした。
 すると、奥のフライヤーでジュクジュクと、食欲をそそる音が響く。トッピングのタマネギを揚げているようで、作りおきではなく注文ごとに調理するとは、なかなか期待できそうだ。運ばれてきたカレーの皿には、この揚げたてタマネギの輪切りがドカドカと乗っかっていて、見るからに食欲をそそる。

 まずはカレーからひと口。辛口だからかかなりホットなインパクトがあり、ビリッとしびれるというより、ボッと火がつくといった辛さ。食べ進めると胃の中でも沸々と燃えているようで、活力源になるような味わいである。野菜カレーの具は、細かくさいの目に切ったジャガイモ、ニンジンに枝豆が珍しく、黄、赤、緑の色合いも鮮やかだ。
 さらにオニオンリングの、香ばしく甘みがあること。揚げてあるおかげでサクサクと食べやすく、後からじわりと甘みが染み出してくるよう。輪っかをスプーンに引っ掛けて食べるのは少々難儀するけれど、カレーと一緒に頂くと独特の味わいで、これまた食が進む。
 野菜が中心になっていることからも分かるように、「ヘルシーなカレー」が店のコンセプト。カレーソースや揚げ物に使う油は植物性のものを使用、またトッピングの野菜は鮮度抜群のものをさっと上げて、素材の味を生かして提供しているという。さらにウスターソースなど調味料や、福神漬けなど付け合せも、無添加のものを使用するこだわりよう。仕事の合間にさっと頂く、スタンドのカレーとしては、ありがたい心配りだろう。


揚げたて、シャキシャキの玉ねぎがゴロゴロ

 次第にカウンターにお客が集まり始め、食券を渡しながらオーダーをしている様子が耳に入ってくる。ほとんどの客が、カレーは「中辛」で頼んでいるようで、確かに野菜ベースのカレーには、あまり辛さがきつくないほうが合うような気がする。
 とはいえ、ホットなカレーに熱々タマネギ揚げのおかげで、おなかは満腹、パワーも補給できたような気分。野菜カレーだけだったら、値段もボリュームも手ごろだし、これからは通勤途中に、朝飯代わりにカレーを一皿、なんてのもいいかもしれない。(2007年8月14日食記)