
銀座の老舗トンカツ屋が支店を出したので、取材に来て欲しい、という知らせを受けた。銀座7丁目にある本店で、食事をしながら支店の説明をして頂くことになり、ありがたく昼ごはんを抜いて(笑)準備万端。約束の14時に、銀座松坂屋の近くにあるお店を訪れた。
ご招待いただいた『銀座梅林』は昭和2年に創業で、何と銀座で初めてトンカツ屋を開業したことで知られている。ガラスのサンプルケースが鎮座した、昔の大衆食堂風の店頭で待っていると、中から店の方とPR担当の方が出てきて迎えられた。店内には白木の長いカウンターがどっしりと構えていて、老舗トンカツ屋の威厳を伝えているようにも感じられる。
昼の混雑する時間帯は過ぎているため、店内には銀ブラの合間風の、百貨店の紙袋を下げたおばちゃんグループが2、3組いる程度と空いている。テーブル席のほうについたら名刺交換もあわただしく、さっそくプレスリリースを元に「支店」の説明を受けることになった。
その支店なのだが、出店先は何と、常夏の島ハワイ。ワイキキにオープンする店を、ハワイのガイドブックなどで紹介してもらいたい、というのが今回の趣旨なのだ。確かにハワイは、日本人観光客数が圧倒的に多く、現地には和食の店がそれなりにあるとは聞いていた。しかし、トンカツの専門店はこれまでになかったというから、意外といえば意外である。
現地で出されているトンカツは、金網敷きで油が落ちるように工夫された皿の上にカツをのせ、千切りのキャベツが山盛り。さらに薬味のゴマは自分でするなど、極力、日本のトンカツと同じスタイルで供しているという。ちなみにハワイでは、キャベツを生食する習慣がなく、千切りキャベツという概念がないそう。このキャベツとご飯はもちろん、本店同様にハワイの店でもおかわり自由で、「うちの店は銀座の食事どころの中でも、かなりボリュームがあるほうですから、食欲旺盛のハワイのローカルの方でも、充分満腹になります」とご主人が話す。
その一方、食材は必ずしも日本と同様ではないので、調理には難点が少なくない。ソースと油とパン粉は、極力日本のものを使っているのだが、前述の黒豚は日本産のものはアメリカに持ち込めないため、カナダ産の肉を使用。油も軽く仕上がる綿実油を使っているのが店の売りなのだが、現地では油の精製法が違うために傷みが早いのだという。砂糖も三温糖がハワイでは入手できず、ブラウンシュガーを使うため、甘みがやや濃厚になるのだが、ハワイの人は味覚の嗜好が甘いほうに寄っているので、それはそれでいいのだとか。このように、日本とは勝手が違う食材を扱う現地の料理人の苦労は、並大抵ではなさそうだ。
それでも、「大ボリュームで濃い口の料理が中心の土地柄ですが、トンカツ専門店ならではのこだわりをしっかり出していけば、ちゃんと受け入れられるのではないでしょうか」と話すご主人。ハワイの人は繊細な味が分かる人も多く、高くてもいいものならば評価されるはず、と力説する。そのせいか、一番よく出るメニューが、4000円以上もする黒豚ロースなのだとか。一方で、おろしトンカツや鳥の唐揚げ定食など、本店にはないメニューも地元の趣向に合わせて、どんどん取り入れていく意向もあるというから、老舗にしては柔軟な姿勢である。
ひと通りワイキキ店のコンセプトをうかがったところで、あとは料理を食べてながらお話しましょう、と、待ってましたの展開に。約束が14時だったから、おなかが空いてしまいすみませんね、とご主人が笑っている。
頂くことになったのは、黒豚ロースかつとひと口カツ、メンチカツ、カツ丼の4種で、それぞれを取り分けて試食する形だ。まずは銀座店、ワイキキ店ともに、看板メニューである黒豚ロースカツをひときれ、口に。するとさっくりと軽やかな衣の食感に続き、厚めの脂がジュッ、トロリと、こってり濃厚な味わいが広がる。肉は繊維の一本一本にうまみがしっかりついているようで、バランスのいい絶妙なうまさだ。銀座店では鹿児島の黒豚を使っており、肉の柔らかさと脂のうまみが身上。加えて揚げ油には前述の綿実油を使っているから、さっくり、さっぱりともたれないのがうれしい。


ひと口カツ(左)とカツ丼。どちらも梅林の人気の品
ひと口カツは今は様々なトンカツ屋で見られるけれど、発祥の店はこの梅林。1枚に開いて揚げていたヒレカツを、食べやすいサイズにしたのが始まりである。ワイキキ店でもカツ丼と並ぶ人気メニューで、小振りな分柔らかく、肉が軽くほぐれるような食感が、ロースカツとはまた違った味わいでいい。
豚肉を100%使用、手こねでつくっているから、ジューシーで肉のうまみがあふれるメンチカツもひとつ頂いてから、カツ丼も小鉢によそって頂く。カツ丼はそもそもそば屋のメニューで、当時はつゆはかつおダシが主流だったのが、店の初代つまり現ご主人の祖父が、豚肉には豚肉からのダシが合うはず、と変更したいわれがある。その甘めのダシが特徴で、半熟でトロトロの卵との相性が絶妙。カツに卵がトロリ、つゆがしっとりと絡み、肉のうまみが倍増。確かに、そば屋のカツ丼に比べて、まとまった味に感じられる。
梅林のトンカツは、トンカツ屋にしては少々お値段が高めだけれど、こうして頂いてみると素材へのこだわり、揚げの熟練の技が感じられ、値段相応に思えてくる。たまに張り込んだときのお昼にはいいかな、と思っていたら、最後に皿にいっぱい盛られたカツサンドが運ばれてきた。
4種の料理を頂いてお腹いっぱいだけれども、2つ3つつまんでみたらこれもなかなか。濃い目のソースがカツの衣とパンに染み、しっとりしたパンと肉の相性もバッチリで、うれしいことに値段が手ごろ。梅林のトンカツが、気軽に味わえる一品だ。ちなみに梅林では、カツサンドを古くから提供しており、さらにそれまでのゆるいウスターソースではなく、トンカツに合う中濃ソース、いわゆるトンカツソースも梅林がルーツという。いわばトンカツ料理の基盤を築いたといえる老舗が、海外へトンカツ食文化を広める役割を担うのだから、ワイキキ店の成功に期待したいものである。

カツサンドは量も値段も手ごろな一品
トンカツ尽くしの遅いお昼を頂き、ご主人にお礼を伝えて店を後に。夏の昼間で暑さがいちばん厳しい時間帯の並木通りを、汗を流して歩きながら、常夏のワイキキでトンカツを賞味する様子を、ちょっと思い浮かべてみる。一度にこれだけの種類のカツを頂いたおかげで、午後はバリバリと仕事がはかどりそう。でもさすがにこの腹具合だと、今日は晩御飯は食べなくても充分持ちそうな感じである。(2007年8月2日食記)