ラーメン欠乏の禁断症状には、「横浜ラーメン」で処方を!

 横浜の家系ラーメンは、しばらくラーメンを食べる機会がなかったときに突然やってくる、「ラーメン禁断症状」の発作の処方に、もってこいのラーメンだと思う。トンコツ臭プンプンのスープに、こってり濃い口の醤油ダレ、表面には油層ギトギトの脂っこさ。麺は極太ストレートのズルズル麺に、とどめはドカンと麺を覆い隠さんばかりのチャーシューや角煮…。
 上品な塩ラーメンやさっぱり粋な醤油ラーメン、流行の魚介ダシかぐわしいラーメンでは物足りない。そんな底抜けの食欲に対しても、充分な破壊力を持っているこのラーメン、頭のてっぺんから足先までしびれるラーメンを体が求めている時、一杯で満たされた気分になれること間違いなしである。と、夕方の飯時に綴っているので、最寄の家系ラーメン「杉田家」へ、すぐにでも飛んでいってしまいたくなってきた。

 この冬は寒さが厳しくなかったせいか、あまりラーメンを食べに行くことがないうちに、いつしか桜が咲きすっかり暖かくなってきた。そんなある日の午後、東戸塚駅周辺を歩いていた際に、突然「発症」。理由なんかないけれど、パワーみなぎるラーメンをガツン、と食べないことには、どうにもお腹も舌も収まらない気分にはまり込んでしまった。
 駅前の大規模ショッピングモール「オーロラモール」に行けば、ラーメンの名店が入っているかもしれない。足を運んでみたけれど、いわゆるフードコートのラーメンぐらいしか見当たらない。勘に任せて、駅付近の繁華街らしき路地をうろうろしてみたところ、何と「麺屋空海」の支店があった。以前、川崎で入ったことがある店で、女性のひとり客でも入れるような、スタイリッシュで洗練されたラーメンだったのを思い出す。

 その時頂いたのは、フレンチの手法を生かしてスープをとったワンタンメン。スタイリッシュ、洗練も悪くないが、今日のところはそれではとても満足できなさそう。てな訳で、すでに視線はその先に翻る、オレンジの「横浜ラーメン」の幟に、すでに釘付けである。
 まるで小じゃれたカフェにも見える、前衛的なデザインの「空海」を通り過ぎ、『らーめん半蔵』というその店へ。店名に「家」こそついていないが、横浜駅東口にある人気店「壱八家」の流れを汲む、れっきとした家系ラーメンの店である。壱八家といえば、家系ラーメンの店の中でも、かなり濃い目の味付けで知られるから、これは期待できそうだ。
 昼時をやや過ぎているのに、あいにく席は埋まっているようだが、いったん近くのコンビニで時間をつぶし、20分後に再来。しかしまだ席は埋まっており、さらに古本屋で時間をつぶすことに。今日の「発症」を処方してもらうには、ここしかない、と半ば執念で待つこと計1時間あまり。待ったおかげでさらにどん底になった空腹を抱え、無事カウンターの隅に着くことができた。

カジュアルな店内でも、出てくるラーメンは家系直球

 家系ラーメンの人気店といえば、シンプルなカウンターとイスだけに簡素な客席、その向こうのたたきでは、白装束の職人たちが無言で黙々と仕事をこなし、奥には大きな寸胴鍋が鎮座している。旨いラーメンを味わう以外の無駄を極限まで省いた、ある種ストイックなイメージがある。
 ここはウッディな内装にBGMが軽快に流れ、ちょっとカジュアルなムード。若い店員が元気に接客していて、明るい雰囲気だ。お客も女性の一人客やカップル、親子連れの姿もあり、後ろの席のカップルの女性は、季節限定メニューの「塩春菜ラーメン」を注文。緑野菜が丼から盛り上がるほどのった、見るからにヘルシーなメニューで、店のオリジナルである季節限定の品らしい。

 横浜ラーメンの印象とはちょっと異なり旨そうだが、こちらは今日頂きたいのは、ガツンとヘビー級のパンチの聞いたラーメンだ。オーダーはチャーシュー麺の、中盛り。食券を渡したときに「味の濃さ、麺のゆで加減、脂の量はどうしますか」と店の人が聞いてくるのは、横浜ラーメンの基本で、さらなるパンチを期待して味は濃い目、脂はちょっと悩んだ上、普通にしておこう。卓上にある、レモンスライス入りのお冷ポットの横には、おろしニンニク、豆板醤、ゴマ、酢などの調味料がずらり。味付けは食べる人のお好み次第なのもまた、横浜ラーメン流だ。
 カウンターの向こうでは、店名を染め抜いた黒のコスチュームの兄さんふたりとお姉さんが、きびきびと動き回っている。中でも「うしろ通りまーす」「麺上がりまーす」と、お姉さんがやけに元気だ。スープを仕込む奥の大寸胴鍋が時折開き、これまた大きな櫂でかきまわす様子も。たっぷりのトンコツがゴトゴト、ゴチゴチぶつかる音が響き、なかなかの迫力だ。
 麺が上がると、3人が調理台の付近に集結。並んだ丼を前に、手際のいいフォーメーションプレーが繰り広げられていく。まず寸胴から金ざるでこしたスープがザッ、その脇でバチッと湯切りされた麺がするりと盛られ、上にのりやねぎやチャーシューをパッパと配置。みるみるうちに、ラーメンが完成されていく。

頭のてっぺんから足の先まで、しびれるような濃さ!

 そして差し出されたラーメンは、褐色のドロリとしたスープに極太麺、脂身ごってりのチャーシューが上を覆い、青菜が爽やかなアクセント。見るからに重厚な、家系ラーメン直球のスタイルである。スープからプンプン漂ってくる豚骨臭が、早くも禁断症状をじわりと癒してくれる。
 積年の思いを開放するがごとく、さっそくそのスープからレンゲを片手に、いざ突撃だ。豚のコクに、濃い口のしょっぱさ、そしてほんのり後味の甘さ。なめらかながら、しびれるまでのこってり味にたまらず、レンゲで数口たてつづけにイッキ飲みだ。太麺もズルズル、というよりはバクバク頂く感じの食べ応えで、ああラーメンの空白期間がしみるように癒されていく気分だ。チャーシューの脂身は、スープにやや浸して熱を加えると、トロトロになりこれがまた。数枚続けて食べるとさすがにくどいけれど、青菜がさっぱりとありがたい。
 やや食べ進めてから、卓上の調味料や薬味を加えて、横浜ラーメンのお楽しみである味覚のアレンジも忘れずに。豆板醤とゴマ少々、そして家系ラーメン発症の地に店を構える「杉田家」の食べ方にあった、酢を加えてみる。するとスープの味によりメリハリがつき、特に酸味が食欲をさらにそそること。

 最近は年齢のせいか(?)こってり系のラーメンは、あまり体が求めなくなった。でも食欲旺盛な学生の頃や、まだ入社して数年の働き盛りの頃は、活力源とばかりじゃんじゃん頂いていたものだ。舌に刷り込まれた味の記憶は、あまり変化しないものなのだろう、ラーメンをしばらく食べないと今日みたいに「潜伏期間」を経て、何かの拍子にふとフィードバックしてしまうようである。1杯さらりと平らげ、店を出る頃にはすっかり「ラーメン的平常心」に。しばらくはまた、こっちのようなラーメンがいいかな、と思いつつ、本日は見送った「麺屋空海」の前を再び通り過ぎていった。(2007年4月7日食記)