
カツオの一本釣り漁で日本屈指の水揚げを誇る、高知県の土佐久礼は、土佐湾に面した漁港の町である。瀬戸内海から四国沿岸の漁港の町めぐりの旅の終盤に訪れ、漁港や漁師町を自転車で散策したあとに、町の中ほどにある『久礼大正町市場』でひと休み。市場の中ほどにある「市場のめし屋浜ちゃん」で腹ごしらえして、時計を見ると列車の時間までは2時間ほどあるようだ。真夏日の下を最も暑い時間帯に出回るのもしんどいから、自転車での町めぐりはもうおしまい。日差しを避けるべく、屋根つきアーケードの下でじっくり時間を掛けて、おみやげのカツオ選びを楽しむことにしよう。
入口から出口までのんびり歩いても2、3分ほど、店の軒数も10軒程度というこぢんまりしたこの市場は、お昼を過ぎると様相は一変。店舗のほか、通りに沿って鮮魚や農産品を扱う露店も並び、午後から夕方に掛けて地元の買い物客を中心に賑わいを見せる。久礼の漁師たちは夜中から朝にかけて出航、昼前に帰港した後13時に競りが行われるため、競り落とされた魚介が昼過ぎぐらいからここの店頭に並ぶという仕組み。そもそもこの市場、明治時代の中ごろに、漁師の奥さん方が水揚げされた小魚を売っていたのが起源とされ、大正から昭和初期には魚と野菜を交換する闇市として活気があったという。
そろそろその昼過ぎになるというのに、通りにはまだ露店が出店する様子がない。また平日だからか、買い物の時間帯には早いせいか、お客の姿も少ないよう。ちょっと閑散としたアーケードを歩いていると、通りの外れに1軒だけ、お客が集中して賑わっている鮮魚店を見かけた。『田中鮮魚店』は市場で一番大きな店舗で、店頭の大きな品台には大きさや種類様々な鮮魚や水産加工品がずらり。兄さんに姉さん、おばちゃんら、店の人も大勢が揃い、あたりには元気な売り声が飛び交っている。鮮魚を眺めたところ、天然ハマチに天然鯛などの大型高級魚をはじめ、豆アジやキビナゴなど、ひと皿単位、1尾単位で売る近海の雑魚があれこれ。さらに加工品は天日乾燥で添加物なしの塩サバやアジ、カマスの干物に「サービス品」とある鯛の干物、イカの一夜干しにかちりやちりめんの量り売りなど、いずれも久礼港でとれた魚介ばかりだ。宇和島名物・じゃこ天風のすり身の天ぷら「久礼天」も並んでいて、かつおどんぶりを平らげた直後なのについ、手が出てしまいそうだ。
久礼大正市場に店を構えて100年以上の歴史を誇るというこの店は、久礼漁港で水揚げされた鮮度のいい魚介を、鮮魚ほか干物などの加工品にして扱っている。中でも「今日は台風で船が戻ってきたから、カツオが入っているよ」とおばちゃんが勧めるカツオは、一本釣りでとれた自慢の品だ。久礼漁港の比較的近海を黒潮が流れているため、漁場は船で1〜2時間、遠くても3時間ぐらいと近く、鮮度のよさは文句なし、とおばちゃんも胸を張る。店頭には「地物」との札が添えられた大きなカツオに、やや小型の「ハガツオ」とあるカツオが、ピカピカと光りながら並んでいて、1尾丸のままはもちろん、刺身用のさくやわら焼きに仕上げたたたきでも売っている。さらに生節、角煮、かつおめしのもとなど、水揚げ港だけにさすが、品揃えが豊富なようである。
あれこれと迷いながら店頭で長居していると、「時間があるなら、あわてないでゆっくり見てってね」とおばちゃんが笑っている。今日は市場のお客さんが少ないようですね、と話すと、「町民の台所なんて呼ばれてたこともあったけど、近頃は郊外に大きなショッピングセンターができちゃっね」。今では露店も含めて店は全体で20軒ほど、うちやはり魚関係が中心でほとんどを占めているという。お客が少ない上、この日は露店も出ないようで、出店位置に店を出す人の名札がかかっているだけ。台風が近海に接近していたらしく、その影響で漁獲が少ないから店を出さないのか、思ったら「今日は暑いからじゃない?」。露店をやっているのはお年寄りが多いため、週休3日も珍しくないのだとか。それにしても暑いからお休み、とは、商売にしては大らかというか、気ままというか。
結局おみやげには、久礼で水揚げしたカツオを店で加工したという生節を、3本買い求めることに。さらにおばちゃんとあれこれと立ち話をしていると、奥から見せの親父さんが現れた。あんまり長話しているから、営業妨害で怒られるのか? ということではなく、土佐久礼のカツオについて色々話を聞いているのを見て、「カツオのことなら俺に聞いてくれ」ということらしい。店頭のベンチ席に腰を下ろしての、親父さんとのカツオ談義については… 次回にて。(2006年8月6日食記)