岩手県の盛岡市は、一説によると「北の麺処」と称されるように、個性的な3種の麺料理が名物である。3つ挙げてみるとして、わんこそばに冷麺までは、ちょっとした麺通の方なら思い浮かぶかもしれない。難問のもうひとつは、じゃじゃ麺。簡単に言えば、ゆでたうどんを味噌であえた、いわば汁なし麺である。岩手の山海の幸をたっぷり具とした、おかわりじゃんじゃんのわんこそばや、本場・平壌直伝の、北朝鮮のスタイルを踏襲する冷麺に比べると、強い個性と一般的な知名度はないかもしれない。ところがこのじゃじゃ麺、盛岡ではお手軽麺料理として根づいており、町を歩いていると立ち食いそば屋のような小ぢんまりとスタンドそば風の店や、チェーンの牛丼屋のようなカウンタースタイルの店など、まさにファーストフード感覚であちこちに店を見かける。前者のふたつがよそ行きの味なら、じゃじゃ麺は地元の人向けのまさにローカルごはん、といったところだろう。

 数年前に盛岡へ出かけた際も、食べ歩きの目当てはやはり、冷麺にわんこそば。一日目の夜は、まずは盛岡の「キング・オブ・麺料理」のわんこそばにチャレンジしたはよかったが、100杯を目指したのは調子にのりすぎた。わんこそばは10杯分が普通のかけそば1杯分に相当するそうで、都合かけそば10杯分相当を一気に食べたおかげで、お腹はパンパン。歩くのもしんどいほどで、食後に盛岡の夜の街を飲み歩くのはあえなく断念。翌朝もお腹は本調子ではなく、キムチや唐辛子たっぷりの冷麺を頂くのは少々きびしい。胃腸に気を遣って消化のいいものを食べようと、思いついたのが例のじゃじゃ麺。宿をとった盛岡城跡周辺を歩いていて見かけた、官庁街に近い桜山神社参道の飲食店街にある、『白龍』の白い暖簾をくぐった。

 店の前には5人ほどの列ができており、店内は通勤通学前の学生やサラリーマンで朝からかなり込んでいた。行列に並んで、ガラス戸の外から店内の様子を見ていると、麺の上にキュウリ、ネギのみじん切り、さらに炒めた特製の味噌がこってりとのった丼が、カウンターの奥からどんどんと客に運ばれている。客は皆、丼の中身を手早くかき混ぜては、ずるずるっと豪快にすすり、さっと出ていくから回転が速い。5分も待つと、カウンターの隅に落ち着くことができた。じゃじゃ麺は駅の立ち食いそばのかけそばぐらいの値段で、大盛りと中盛りが選べるがここは中盛りにする。すぐに出てきた丼を前にして、他の客にならって味噌と麺をよくかき混ぜてひとすすり。うどんよりもやや細めの麺は、もっちりとした歯応えで甘味があり、ピリッと辛目の味噌がよく合う。薬味にすり下ろしたニンニクやラー油、酢を入れると、さらに味噌の香りがひき立ってうまい。

 たまたま入ったこの白龍、実は盛岡のじゃじゃ麺の元祖ともいわれている。この「白龍」の創業者が戦後すぐの頃満州で食べた料理を、盛岡に持ち込んだのが始まりで、じゃじゃ麺という名前は、中国料理の炒め味噌うどん「炸醤麺」が語源。もうひとつの盛岡名物・冷麺も、遠く朝鮮半島から伝来しており、盛岡は外国からの食文化の進出に寛容だったのか、単に麺好きの市民性だったのか。そしてじゃじゃ麺の味の決め手となる秘伝の味噌は、仙台味噌を基本に豚肉や酒、ニンニクなどを加えた無添加。今の味になるまで、ご主人が幾度も試行錯誤を繰り返したという。この味噌の独特の辛味が体を温めるため、じゃじゃ麺は冬の寒さが厳しい盛岡の人々に、次第に受け入れられていったのだ。確かに味噌をからめた麺をすすると、お腹の底から暖まるのが実感できる。

 麺をほぼ食べ終わり、まわりを見ると食べ終えた皿をカウンターの上へと出している。後片付けがセルフサービスなところも、お手軽料理らしいな、と感心していると、どの皿にもまだ料理がわずかだが残っているよう。料理を食べきらずに、少し残すのが当地の流儀なんだろうか? 自分もまわりの客にならい、麺と具を少し残した皿をカウンターに出す。すると、おばさんがそば湯とネギ、味噌を足して、「はいどうぞ」と皿を戻してくれた。さらに、周りの客はカウンターの上に置かれたかごに入った、生卵を自分で割り落として、何とスープの出来上がりだ。この「鶏蛋湯(チータンタン)」、じゃじゃ麺のうれしいおまけで、いわば卵入り味噌スープといった感じ。味噌の甘みとネギの爽やかさがよく合い、「汁なし麺」を頂いた締めくくりにはやさしい味わいだ。

 スープもさらりと平らげて、自分もあっという間にごちそうさまとなり、あとからあとからお客がやってくる店を後にする。じゃじゃ麺も、手早く食べるという点はわんこそばに通じるものがある。ツルリ、ズルッとあわただしくすすることが、盛岡の麺料理を食べる際の流儀なのかも知れない。おかげでわんこそばを食べすぎたおなかの具合が、すっきりとよくなったよう。ちょっと腹ごなしに盛岡城跡周辺を散歩したら、お昼は激辛冷麺を頂いて、無事盛岡三大麺料理の制覇といこうか。(9月上旬食記)
※写真のじゃじゃ麺はイメージ。白龍は店頭しか写真がなかったため、東北自動車道岩手山SAで頂いたものを掲載しています。あしからず